• 引き上げる想い(後半)

    引き上げる想い(後半)

    今回は前回の「続き」に加えて、私の「次」について書いてみました。

    ココから前回の続き。(前回の記事はこちらからどうぞ)


    「部外者さんの参加」から生じた「新しい動き」に未来を感じた私。

    これは「部外者」ゆえの客観性だからか?それとも「部外者」さんが優秀だからか?

    ま、どっちでもいいか!甘えてしまえ!(≧∇≦)

    その方とは、嬉野が誇る高級温泉旅館「和多屋別荘」の社長「小原嘉元」さん。

    早速、「えくぼとほくろ」の外部モニターチェックも依頼。すぐに自社の広報、フロントマンを伴って来てくれました。

    行政にも絡んで欲しかったので、役所の観光担当にも声かけてもらい、アート大好きバリバリ行政ウーマンにも来てもらい、万全なサポーター体制を完備!

    ・看板がないからわかりにくい。
    ・このゴチャゴチャ感がいいので片付けないように。
    ・笑顔がない。
    ・挨拶がない。

    客商売ならではのご意見に加えて言われたのは・・

    この置き方では『えくぼとほくろ』のコンセプトが伝わらない。B品をA品のように「美しく」売ったほうがいいのでは?

    ・
    ・

    そうしたいのは、山々ですが、労力的にも資金的にも美しく仕立てるリソースがないんですよ・・

    と、泣き言をいってみたら、

    僕らが手伝います!と、翌週の土日に細マッチョな茶農家さんが入れ替わり立ち替わりの手弁当で、わっせわっせとディ・アイ・ワイ。

    ↓どうしたらお金をかけずに魅力的にできるか議論しているの図。

    ↓工事をしてくれている茶農家さんたち(両端のお二人)。一見華奢ですが、脱ぐとすごいらしいです。

    ↓そして、総工費3万円で完成!

    ステキなのができたーー。( ´▽`)

    と、ご満悦な私の横で、茶農家さんと窯元さんは焼き物をみながら

    「こんな茶器があったんですか!これいいですね!二十個買いたいです。」とか

    「こんな形は作れますか」とか

    「お茶はですね・・」と仕事話をしておるではないですか。

    ご近所同士で需要と供給!

    プリミティブ・エクスチェンジ!

    これだけではありませんでした。

    窯元工房のツアーをチェックしてもらってる時、

    焼き物って、こうやって作るんですね!知らなかった!

    良い意味でこの古さとごちゃごちゃ感がサイコーにワクワクします!

     

    と、モニターにこられた皆さま全員が目をキラキラさせておる!

    ・
    ・

    うふふ。(^ ^)

    ご近所さんなのに「異業種」だから、知らないんだ・・・

    焼き物を作る工程って、メッチャ面白いですよね。これって旅館に泊まられたお客様にも喜んでもらえて顧客満足になると思うのです。

    うんうんと、深く頷く皆さんに、

    「では、送客よろしくお願いします。」とパンフをすかさず渡す。

    よし、これで相互送客はオッケー。嬉野の誰かが集客したら、そのお客様を次の人に送客する。そーすると、マーケティングコストなどの営業コストはかからず集客できる。

    しかも、お互いに行き来すれば、おのずと魅力も理解し語れるようになって、みんなが嬉野の広報になれる!

    こうして「えくぼとほくろ」は多くの佐賀メディアにご紹介いただたこともあり、吉田の街に人が歩くようになりました。

    やったー!

    ・
    ・

    その三週間後に、いくつかの<お願いごと>を残して私の最後の佐賀のお仕事は終了しました。

    先日、吉田で会議があると言うので東京からスカイプで参加しました。すると、画面の向こうでは、お願いした通り、ホワイトボードに議題をかいて会議が進行してるではないですか。

    フライヤはステキじゃないと置いてもらえないから、お金かけてもカッコいいのを作ったほうがいいよね。その金額だったら、やっちゃう?メディア担当はだれやる?とドンドンとアイデア創出と決断が鮮やかにくだり、こんな素敵な企画が完成!

    イェーイ!

    PHOTO:YOSHIMOTO KOHARA
    DESIGN:DAISHI OWATARI

    素晴らしいー!
    VIVA!チーム吉田焼!

    活発な議論を見て、涙が出そうに嬉しかったです。

    そして・・

    私の仕事は終わったな、と思いました。

    チームになれば、ヨソモン抜きでここまで出来るし、ご近所にいる「部外者」さんもいる。

    最後の最後に頼りになる大きなチームができて良かった。

    ・
    ・

    先日(と言っても数ヶ月前ですが)前職の会社でプレゼンをした時、その会社で二番目に偉い人に「いいじゃん!南雲さん、どうしちゃったの?」と(多分)褒めてくれました。すると隣にいた一番偉い人が言いました。

    「南雲さんはさ、佐賀の皆さんに鍛えてもらったんだよね」と。

    本当にそうだと思います。

    ハゲができたり激やせしたこともありますが、それもふくめ、どれも私の成長の栄養になったとマジで思っています。

    この仕事を紹介してくれたアノ人、最後は仲違いしてしまったアノ人、いつもごはんをごちそうしてくれたアノ人、「貴女は貴女のままでいい」と励ましてくれたアノ人。すぐにカッカする私を母のように諭してくれた同志の大我さやか嬢。

    彼の地にいる、アノ人の顔が次々と浮かびます。

    そして、家族を省みず日本を飛び回っていた私を東京で暖かく見守ってくれた夫と母。

    本当にありがとうございました。

    さて・・

    私はこの春から母校である慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスで講師(非常勤)として「パブリックリレーション戦略」という講義を受け持つことになりました。更にもう一つ、宿のプロデュース業をしていて知り合った方からお声掛けをいただき首都大学東京でも「景観論」という授業の講師(非常勤)として受け持ちます。

    この数年間で学んだことや課題を二つの大学に通う生徒と一緒にブレイクスルーして、新しい知見を生み出す。そして、再び、社会に貢献していきたいと思います。

    私の2018年のもう一つのテーマは、DIVE into SCIENCE。

    こうして、自由に生きられる社会と環境、そして成長できるチャンスをいただけていることに深く感謝しています。ありがとうございます。


    未知の世界に飛び込むのはいつもトテツモナイ勇気がいります。でも、向こうから、私を呼ぶ声が聞こえるなら、いつだって何歳だって、飛び込んで行く勇気を持っていたい。

    自分の使命に突き進み、人生を生き尽くそうと思います。

    これから始まる新しい世界。下田の同志も聞いているこの曲で「ドライヴ」かけますか。

  • 引き上げる想い(前半)

    引き上げる想い(前半)

    4年間、佐賀県で夫を放置プレイで仕事をしておりましたが、今月末をもちまして一旦引き上げることにいたしました。

    せっかくなので、へっぽこプロデューサーが、たどり着いた顛末を二回に分けて記しておきたいと思います。いつもながらの長文なので、手短に言ってしまうと・・・

    • 1社ではなく、近くにいる同業者も一緒に。→ これが2年間でわかったこと。(今回は割愛)
    • 1つの産業だけでなく、近くにいる他産業も一緒に。→これが4年間でわかったこと。

    いずれにしても、幸せの青い鳥は隣にいた、って感じです。


    私は佐賀県嬉野市にある「吉田皿屋」という風光明媚な丘の上にある肥前吉田焼という産地の活性化の仕事をヨソモノ3人+窯元さん6社のチームで2年間ほどしております。

    個人的にまぁまぁヘビーなことがあった、ある日のこと。

    とぼとぼと歩いていたら、「やぁ、南雲さん、お元気ですか?」と声をかけてくれたのが和多屋別荘の社長の小原さん。

    思わず「色々、うまくいかないんです。」と言い、高級温泉旅館の玄関の真ん前で体感的には2時間くらい話したでしょうか。

    最後まで話を聞いた小原さんはこういいました。

    ・

    ・

    例えば、私が会議の場にいたのなら、こう言うでしょうね。

    「南雲さんの言うことは正しい。」

    もしくは、

    「南雲さんの言ってることは間違ってる。」

    もしくは、

    「南雲さんの言い方は悪い。が、言ってることは正しい。」

    と。

    ・
    ・
    ・

    直感的に、この人を会議にいれたら、客観的な意見をいってくれるのではないかと思い「あの、お願いがあります。次の会議に参加してもらえませんか、そして、思ったことを発言してください。」

    そう言いました。

    で、善は急げと小原さんが参加してもおかしくない「自社の魅力を伝えよう」的なセミナーを企画したのございます。

    そのセミナーには『愛する佐賀のためならなんでもやるゼ』と豪語してしている無料でホームページを作れる「ペライチ」の社長である山下さんをはるばる東京から呼び込みました。

    ここから、ホームページの話に飛びます。

    企業にとってホームページは「家の表札」のようなものです。ホームページがないことによる機会ロスは「あなたに見えていないだけ」で「必ず」あります。

    と言っても「今、直ちに困っている訳ではない」という理由でなかなか導入には至らない、というのも理解しています。つまり「きっかけ」が必要なんです。

    今回の場合、それがありました。

    それは「えくぼとほくろ」プロジェクト!詳しくはこちら。

    プロジェクトの運営上、参加窯元は日々変わる自社の営業情報を告知しないとなりません。とはいえ、ホームページの導入にはお金も労力もかかる。だから、誰でも簡単に作れる無料のホームページサービスはうってつけだったのです。

    忙しい「社長」を特別講師として「わざわざ」東京から呼ぶという特別感は「参加するなら今しかない感」もでるし「ありがたさ」もある。なにより「ホンモノの説得力」は最強です。

    さすが、シャチョーです。

    しかし、会場の空気感としては「ほのぼのとした納得感」に包まれている感じがして、よし、やろう!というまでにあと一歩足りませんでした。

    すると小原さんが口を開きました。

     

    これ(ペライチ)はすばらしいですね。

     

    やらない手はありません。

     

    僕らは、やりたい。やります。

     

    どうしたらいいですか?

     

    と。すると、一挙に「やろう、やろう」という雰囲気に変わりました。

    その流れにのり、一カ月後に「三時間で作れるホームページ」と銘打ったワークショップを実施。窯元さんだけではなく嬉野の商店街、旅館、お茶農家さんもマゼマゼして開催しました。

    参加者は、全然一人でできる方、wifiってなんですか、クロームってなんですか?な感じの様々な皆さま。しかし、さすがのペライチ。3時間後にはほぼ全員が「おお!?なんか出来たかも!!」な感じに至ることができました。

    ごちゃ混ぜの異業種に声をかけたのは、もう一つの目論見があったから。

    それは、この機会を通じて、コミニティを形成して欲しかったことです。この話は次回詳しく書きますが、ともかくも、ワークショップ終了後のわちゃわちゃしてる時にラインの交換会が始まりました。

    「ラインって自分にもメッセージ送れるんだねー」とか、セミナーより盛り上がっていました。

    まだまだな感じのものもありましたが、でも、いいのです!!ないよりは10000倍、1億万倍マシです。『自社の存在』を1億2000万人の日本人、65億人の地球人の目に触れさせる空間に身をおいたのだから。

    こうして、窯元全社がホームページを備えたのです。

    これってすごくないですか?

    WIFIってなんですか?な方もいたのに、ほぼ自力で頑張りました。

    頑張っているのは一人ではないこと、お互いに励ましてあっていたからだと思います。ほぼ、というのは、ある窯元さんが難儀している窯元さんをさり気なく手伝っているのを知っているからです。

    後半に続く・・

  • 市場の価値観ってなんだろう?

    市場の価値観ってなんだろう?

    なにか新しいことをやる時はトテモドキドキするものです。それが伝統を重んじる土地で、しかも、人様のビジネスである場合は特にドキドキ感は一層ハイパーになるのです。

    先日、始めた「えくぼとほくろ」という企画がそうでした。でも、最終的に「やろう」と思えたのは「市場の価値観ってどうなの?」と思ったことにありました。


    「えくぼとほくろ」とは:

    モノつくりにおいては、必ず「規格外品」が生まれます。全ての業界を知っている訳ではありませんが、磁器は比較的、多いのではないかと思われます。

    市場には、色々な観点で「価値基準」が設けられており、それを満たしてないものは「規格外品」として扱われ「市場に向けた流通」に乗ることが出来ません。

    肥前吉田焼という佐賀県嬉野市にある焼き物の産地では、その規格外品を愛情を込めて「えくぼとほくろ」と名付けました。「えくぼ」とは釉薬(上薬)のムラ、「ほくろ」とは絵の具や鉄粉などによる「黒点」のこと。他の規格外品もふくめ、それらを窯元6社で堂々と売りましょう!というプロジェクトです。

    ちなみに「えくぼ」はコレ。

    ん?

    なに?

    どこが問題なの?

    わかりませんよね。

    では、アップで、どうぞ!

    虫眼鏡がいります。

    では、こちらはどうでしょう。

    「ほくろ」

    ・

    ・

    ・

    わかりました?

    思わず、指でゴシゴシして、ホコリではないことを確認してしまうほどの小さなもの。もはや、間違い探しの域です。


    「えくぼとほくろ」をやりたいと言ったのは”自称”吉田のヨカ男。彼は肥前吉田焼という佐賀県でも知る人が少ない焼き物の産地にいるトテモ売れっ子の若手窯元です。「えくぼとほくろ」の名付け親でもあります。

    実際、彼は見た目も中身も「ヨカ男」です。彼との出会いは今から2年前。

    私は、予定されていた任期が1年ほど早まった時、たまたま眼の前にいた彼に「実は、今月でこの仕事終わりなんです」と雑談混じりに話をしました。すると、彼は、ソッコーで「じゃ、僕が雇います!」私も私で「はい、お願いします!」とソッコーで答えた記憶がおぼろげにあります。

    閑話休題。

    言いたかったのは、ヨカ男は、漢だ、ということです。

    ともかくも、そのヨカ男が「やりたい、やりたい」と言っていたのが「えくぼとほくろ」でした。でも、私はゼーンゼンやりたくなかった。なので3ヶ月くらい放置していました。

    やりたくない理由は2つ。

    1)B品を世に出すこと。
    2)安売りをすること。

    この2つをすると、ブランドを毀損してしまう、と思ったからです。ですが、ヨカ男の一言で、私の思考が回り始めました。

    それはお国関係のお偉いさん達を案内している時のこと。ヨカ男はいいました。

    僕たちは、環境破壊をしています。

    ハ?ナニ ヲ イッテオルノダ?→私の心の声。

    焼き物は、地球を穴だらけにして石や土を掘り出して粘土にし、それを大量の二酸化炭素を排出しながら焼いてつくります。僕ら、窯元は、地球環境を破壊している責任を全うするために、作った商品をなんとかして「世間の皆様に使ってもらえるモノ」にする義務があると思っています。

    なんと・・・

    ・
    ・

    私の脳みそをグルグルと回転させた、別シーンでの、セリフがもう一つ。

    商品が完璧にできたかどうかは、窯から出してみるまでは、わからないんです。職人さんは「ぺっぴんさん」をイメージして最後の最後まで手を抜かず、丁寧に作業をしています。

    でも、窯をあけてみたら「えくぼ」があった・・ということがあるのです。

    「窯元にとって自分が手がけたモノは自分の子供なんです。本当の子供だったら、えくぼがあってもカワイイじゃないですか。ぼくらも同じなんですよ。えくぼとほくろがあっても、かわいい子供なんです」「でも、それらは、検品ではじかれてしまうのです」

    この話を後ろのほうで聞いていた私は思いました。

    ・・・オモロイ。

    ほとんどの人は、焼き物が10以上の工程を手間ひまかけて作られていることを知りません。

    ほとんどの人は、職人さんが息を詰めながら、一つ一つとても丁寧に商品を作っている場面を見たことがありません。

    これを見せる。

    どんなに丁寧につくっているかを、見てもらうのです。

    窯元ってすごい!焼き物って面白い!に注力するのです。売れる売れないは、それがよければツイテくるハズだと。

    その後で、「えくぼとほくろ」がある商品を見たら、もう以前のアナタではいられない。焼き物が特別なものに見えてくるはずだと思いました。私がそうだったから。

    とはいえ、価格に関しては、定価でいくか/割引価格にするか迷いました。最終的には、各窯元さんに任せましたが、全体ルールとしては、割引価格はアリにしました。

    割引価格(定価の半額程度)にしたのは、人は、キズがナイ商品とキズがアル商品を見比べた時、同じ価格なら、キズのナイ商品を選ぶからです。日本人は、積まれた本の一番上にある本は買わず、下の方から買うんです。一度でも読めば表紙はキズつくのにね。服とか生鮮食品とかもそう。

    「キズがあるから安い」というロジックはつまらない。

    「えくぼとほくろ」がある商品は、流通にのせない分「経費」はかかりません。だから、安くできるのです。と言い切る。えくぼとほくろが「悪い(粗悪品)」から「安い」のではナイのです。

    話はここから2ヶ月前に遡ります。

    肥前吉田焼は、ブランドとかコンセプトがまだなかったので、窯元全員でブレストをしたことがありました。会議室でマジメ・ブレストをし、

    窯元さんの家で美味しい食事+酒を楽しみながら、膝を付き合わせてフリーダムな感じでもやりました。

    で、、完成したのは「暮らしにちょっとワクワクを」というコンセプト。これ、いいでしょ?知っている人は知っていると思いますが、吉田の雰囲気にぴったりなんです。

    あえて「肥前吉田焼」いう産地の名前も「焼き物」も「器」も入れない。段々畑があり、ここにしかない風情が残っている。この産地には、焼き物だけではない魅力があります。


    「ワクワク感のある産地」にを目指すのならアリだ。

    で、極めつけのひとこと。

    んー、でもですよ?この産地には、まだ壊れたら困るほどのブランドは出来てないですからねぇ。

    笑

    こうして、ようやく私の重い腰が動いたわけです。

    結果、多くのメディアに注目され、今では、この産地に人が訪れるようになりました。

    ●NHKのイケメンアナウンサー自らが取材にきてくれました。利根川さん、ありがとー!

    ●サガテレビの人気番組「わらしべ長者の旅」では2週間連続で吉田地区がレポートという快挙。メガモッツサイコー!

    ●佐賀のほぼ全ての新聞各社はどこも大きく取り上げてくれてました!見てください。このタイトル「愛の格安」って。解っていただけて嬉しいです(*⁰▿⁰*)。ある窯元さんは記事を額にいれて飾っていますよ。

    このメディア効果もあり、今は、毎日、人が訪れるようになりました。職人さんの手仕事を目を丸くして眺め、えくぼとほくろの商品を手にとって

    「え?こんな小さい点がダメなの!?」「あんなに丁寧に仕事をしていても、”えくぼ”ってできちゃうんだね」

    などと言ってくださり、誰も値切らずに、つけた価格のまま、嬉しそうにご購入されています。ちなみ陶器市では、悲しくなるような値切られ方をされる時もあります。

    「アナタ」の価値観に響いてくれた!だから、付けた価格を評価(納得)して買ってくれた。

    ぜひ、あなたの価値観で見てもらえると嬉しいです。「えくぼとほくろ」の詳細についてはこちらをご覧ください。吉田焼のブランディングは始まったばかりですが、期待大です。

    最後に、もう一つ重要なことを記しておきます。もともと「規格外品」は窯元さんにとってコストな(お金がかかる)存在でしかありませんでした。丹精込めて作った焼き物には社会で役に立って欲しいという想いに反して、売るに売れず、投げ売りをするか、産業廃棄物としてお金を払って捨てるしかない。それが、今は窯元の利益になっているのです。これを長年考えていたのが”自称”吉田のヨカ男こと、224 Pocelainの辻諭さんです

    私は市場原理が全てだと思ってます。ですが、市場(市場ってダレ?)決めた『価値基準』は果たしてどうなんだろう、と自分の固定概念を一度崩して、自らに問い正す良い機会でした。ありがとね、吉田のヨカ男さん(^^)

  • 胸をはって、子供に言えますか?

    胸をはって、子供に言えますか?

    日本各地の職人さん(含む自営)と仕事をしていて「三大困ること」がコチラ。

    1位:約束を守ってくれない。
    2位:時間にルーズ。
    3位:すぐに「できない」と言う

    以上は、職人さん(含む自営)に限ったコトではないと思います。

    職人さん(含む自営)の中には、学校をでたら、すぐに親の事業を継ぐ方もいます。一般的な企業であれば、先輩や上司が新人に教育的指導をしてくれるものですが、家族経営の規模になると、なかなかそうは行きません。気がつけば、基本的なビジネスルールを知らないまま、一番偉い経営者になってしまった。となると、もはや、誰も何も言えない状況になってしまっている?

    最初は私も・・

    1位:約束を守ってくれない→「約束は守りましょうっ!」
    2位:時間にルーズ!→「次回は、時間通りにきてくださいよ。」
    3位:すぐに「できない」と言う→「まずやってみましょう。意外と簡単ですから。」

    などとクドクドと言ったものです。

    でもですね、ゼーンゼン、聞いてくれないんです。

    で・・どっかーん(怒)と。

    怒るのはすごく疲れます。怒られるのも疲れると思います。これは、エネルギーの無駄使いだ。頭でっかちの私は、アンガーマネージメントの本や行動科学の本を読み始めた訳でございます。

    というわけで、ようやく本題です。

    今回は、「三大困ったこと」の3位の事例について書いてみます。(1位と2位は、そのうちに)


    初めて、その窯元さんに行った時、wifiはおろか、PCもありませんでした。帳簿はすべて手書きだし、メールのやり取りもできない。東京にいるデザイナーさんとは必ず画像のやりとりが発生する。しかたなく、PCとwifi、できたらプリンターを買ってもらえませんか?とお願いしました。

    その窯元さんは、すぐにITの基本3点セット(含むOffice)を買ってくれました。基本設定はご自身でやっていただいたのですが、エクセルで売上管理やパワーポイントで事業計画を作る段になった時に、ああして、こうして、な話になった時。操作に難儀していた奥様が、

    「南雲さん、もうできません!難しいです!」と言い放ちました。

    私のアンサーはこちら↓


    はっきり言います。

    今、息子さんは受験生ですよね?私が今、あなたにやってください、と言ったことは、息子さんがしている勉強よりカンタンなことですよ。息子さんは、間違いなく、これよりも難しいことをやっているはず。でも、あなたは、息子さんに「頑張りなさい、やればできるでしょう」とか言っていますよね?

    あなた自身はどうですか?

    経営を立て直したいと言っていましたよね。
    息子さんは今すごく頑張っている。
    あなたは、努力している、と胸をはって言えますか?

    (言っている自分がコワイ・・(ー ー;))


    この内臓をえぐるような質問を、我ながら、淡々とよく言ったなぁと思います。
    その数週間後。

    その窯元さんのところにきてみたら、奥様はニコニコしながら、私のほうに手を振りながら、いいました。

    南雲さああーーーん、あれ、やってみましたよ!そしたら、本当に南雲さんが言った通り、簡単でしたーー♪

    でしょ、でしょーーー?よかったーーー!

    (ハグ)

    あとで聞いた話ですが、私が放ったいくつかの「むかつくコトバ」の中で、これが一番効いたそうです。でも奥様は「確かに南雲さんのいう通りかもしれない」と思ったそうです。

    で、やってみたら、ホントーに簡単だったと。

    この奥様は、その後は、音を立てるようにメキメキと進化していき、パワポもエクセルも、使いこなし、FACEBOOKはもちろんインスタグラムもほぼ問題なく活用しています。スバラシー!ちなみに、私は、いずれの操作も一切教えていません。やって欲しいだけを言い、あとは奥様が自力で頑張ったのです。

    余談ですが、ある夏の暑い日にその窯元さんのところに行ったら、今までなかったクーラーが部屋についていました。

    あれ?クーラーってありましたっけ?と言ったら、

    私たちは、この暑さは慣れているからいいのだけど、東京育ちでクーラーに慣れている南雲さんには辛いと思い、体調を壊される前にと、慌てて。と奥様(にっこり)。

    え・・・

    私のための、クーラーなんですか?

    ・

    ・

    ・

    泣

    理論上とかではなく、リアルな世界で、マジでぶつかり合うと、ものすごく疲れます。でも、それは、運動をした後のような、とても気持ちがよい疲れであり、きっと、お互いに、自らの血となり肉となっているのではないかと思っています。

    おしまい


    おまけ:アイキャッチの写真は、私がよく怒っていた伊万里の窯元の奥様と行った虎ノ門ヒルズの「ANDAZ HOTEL」のレストラン「Tavern」。洋風なスタイルなのに、和食器が充実しており、その窯元さんの食器も使われています。手前左下のいぶし銀のような”黒いお皿”がそうです。

  • 1年後に「点」と「点」がつながった。

    1年後に「点」と「点」がつながった。

    三年前から経営指導しているある窯元さんが開口一番に、

    窯元さん:南雲さんっ、昨日、テレビで元京セラの稲盛さんが南雲さんと同じこと言ってたんです!

     

    !?(・_・;?

    ・

    ・

    南雲:あの・・稲盛さんは、なにをお話しされてましたか?

     

    窯元さん:たしか・・マーケティングの話だったかと思います。マーケティングは経営に必要なんですね!

    微妙に異なるかもしれませんが、そんな感じのことをおっしゃいました。

    南雲:そ、そ、そうですね。ただ、恐れ多くも稲盛さんも、私でさえも思いつきで言ってる訳ではなくて、割と(割とじゃないけど)経営に必要な原則を言っているんですけどね。

    窯元さん:へえ、そうなんですか!

    南雲:(ん?今いう??)

    窯元さん:なんか聞いたことがある話だな、と思って、よく聞いたら、南雲さんが昔、同じこと言ったと。へえぇ、そうなんだって!!思いました。(にっこり)

    ・
    ・

    更に別な日。
    窯元さん:南雲さん〜!昨日、うちに某国営局の人が取材できたんですけど、その人、南雲さんと同じこと言ってました!

    ・

    ・

    ・

    南雲:なんて言ってたんですか?

    窯元さん:まずは、目標を決めてから計画を立てましょう!って。

    ・
    ・
    ・

    南雲:へ?ってことは・・・今まで、私が言ったことはなんだと思ってたんですか?(^_^;)

    窯元さん:え、いや、あの、そーだと思ってましたよ。(モジモジ)でも、やっぱり、そうなんですね!

    南雲:(爆)

    ある窯元さんが始めた生産計画スキーム

     

    いずれも、言ったのは1年とか半年前なんです。

    あの時は、マーケティングや事業計画の話をしたのですが、どうやったら、わかってもらえるのかなと悩む日々でした。

     

     

    私の教え方に100%問題あったのですが、ともかくも、その窯元さんは、1年前の「点」と「点」がピカーンとつながったのです。脳でいうところの、シナプスが結ばれたと言ったところでしょうか。

    その窯元さんは、今も、見ていて楽しい/頼もしいほどに、ものすごい勢いで進化しています。3年前は、PCはおろか、Wifiもなかったのに。それが今はFACEBOOKはもちろん、インスタもバリバリ使いこなしている。人は、一度ピカーンときたら、あとはすごい勢いで吸収するんだと。だったら、こちらも知っていることはなんでも教えてあげよう!という気持ちになりました。

    伊万里に向かう道

    さて、2017年6月に不意に降ってきた母校SFCの大学講師の仕事。
    生徒さんは、どうしたら、ピカーンときてくれるのか・・。

    続きは次回。

     

  • 「有田焼きブランド」を超えている「柿右衛門ブランド」

    「有田焼きブランド」を超えている「柿右衛門ブランド」

    前回、前々回と「柿右衛門窯」について超簡単にご紹介しましたが、そもそもこの窯元に来るきっかけを作ってくれたのが友人のSちゃん。(白い帽子)彼女は見かけによらずアートとかの美術品を扱うオークション会社の取締役(だった)。

    OLYMPUS DIGITAL CAMERA

    話は一年前。Sちゃんと有田の話をしていたら、美術や芸術に大変詳しいであるにもかかわらずに彼女は、

    柿右衛門って有田焼きだったんだー!
    と、のたまいました。

    へ?

    なんだと思っていたの?と聞くと、

    ・・カ、カ、カキエモン・・・♪( ´▽`)

    !

    「柿右衛門ブランド」は「有田焼ブランド」を凌駕している!(少なくともSちゃん中では)

    そういえば、大昔にアメリカで仕事をしていた時に、同僚のアメリカ人から

    「ゼロックス プリーズ」

    と言われたことがありました。その時に、へー、アメリカではコピーのことを企業名である「ゼロックス」っていうんだと思ったことがありました。その時の感覚に似ています。

    一般名詞としても使われている「セロテープ」や「宅急便」は実は企業名ってことを知らない人もいると思います。

    これらのブランドは機能が固有名詞になっていて、それはそれですごいんです。

    ですが、ブランドは「世界観」です。作る側が訴えたい「世界観」が消費者の「価値観」にビビビっとくれば、ブランドがあると言えるでしょうが、ことはそう簡単ではなく、緻密な仕掛けと地道な努力が必要です。

    今日はここまで。次回は地道な努力について。
    いつも夫に、前のも読めてないのに、次が来ちゃった♪( ´▽`)と言われるのでドンドン短く。

     

  • 柿右衛門窯にある「柿」を語れれば、焼き物ツウに。

    柿右衛門窯にある「柿」を語れれば、焼き物ツウに。

    前回につづき、柿右衛門ネタです。トヨタとも異なる、この日本ブランドのあり方というか成り立ちについて色々思う所がある今日この頃です。

    さて、酒井田さんにご案内されて庭に。ふと、上を見ると、柿が実にいい感じに・・・。

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    おお!?
    あ、あれが「柿右衛門」の柿ですね!

    と少々コーフン気味に質問。

    「柿右衛門」は、教科書にも載ったお話であり、歌舞伎の演目にもなっています。

    その昔、有田焼の色は青(呉須)しかありませんでした。初代柿右衛門こそが、この「赤」を生み出したのです。その開発には大変な苦労があったそう。

    以下、教科書から原文のまま抜粋。(太字は南雲による脚色)


    「あゝ、きれいだ。あの色をどうかして出したいものだ。」 

    日頃から自然の色にあこがれていた喜三右衛門(のちの柿右衛門)は、夕陽に照らされ「珊瑚珠」の様に輝く柿の実の色の美しさに打たれて、居ても立っても居られなくなる。磁器に焼付ける色の中でも赤は最も難しい。当時は不可能とも思われていた技術の開発は困難を極めたが、喜三右衛門はひたすら熱中し、研究を止めようとしない。

    人は此の有様を見て、たはけとあざけり、気ちがひと罵つたが、少しもとんぢやくしない。彼の頭のなかにあるものは唯夕日を浴びた柿の色であった。
    かうして五六年はたつた。或る日の夕方、喜三右衛門はあわたゞしく窯場から走り出た。
    「薪はないか。薪はないか。」
    彼は気がくるつた様にそこらをかけ廻つた。さうして手當り次第に、何でもひつつかんで行っては窯の中へ投込んた。
    喜三右衛門は、血走つた目を見張つてしばらく火の色を見つめて居たが、やがて「よし。」と叫んで火を止めた。
    其の夜喜三右衛門は窯の前をはなれないで、もどかしそうに夜の開けるのを待ってゐた。一番鶏の声を聞いてからは、もうじつとしては居られない。胸をどらせながら窯のまはりをぐるぐる廻った。いよいよ夜が明けた。彼はふるへる足をふみしめて窯をあけにかゝつた。朝日のさわやかな光が、木立をもれて窯場にさし込んだ。喜三右衛門は、一つ又一つと窯から皿を出してゐたが不意に「これだ」と大声をあげた。

    「出きた出来た。」

    皿をさゝげた喜三右衛門は、こをどりして喜んだ。
    かうして柿の色を出す事に成功した喜三右衛門は、程なく名を柿右衛門と改めた。

    (旧仮名遣い、原文のまま)

     

     


     

    この話は歌舞伎『名工柿右衛門』として、片岡仁左衛門の名演で人気を博しました。

    「あの柿が柿右衛門の原点なんですね!(≧∇≦)」

    と私が元気よく言うと、酒井田さんは、大変優しく「あれは諸説ありましてね。うふふふ」と微笑まれました。

    なにはともあれ、こうしてご当家の方にご説明をうける「一次情報」を得たことは、なにか非常に得した気がしています。

    柿右衛門窯は春は「桜」。

    秋は「柿」が非常に素晴らしいです。とても絵になるのでぜひおいでください。

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    桜の時期の柿右衛門窯

    ▶︎柿右衛門窯
    住所:佐賀県西松浦郡有田町南山丁352
    電話番号:0955-43-2267
    営業時間:年中無休 9:00~17:00 (ただし年末・年始は除きます)
    http://kakiemon.co.jp/

  • 「柿右衛門窯」に行ってきました。

    「柿右衛門窯」に行ってきました。

    先日、有田焼きのナンバーワンブランド「柿右衛門窯」に行ってきました。柿右衛門って誰?という方に簡単にご紹介しましょう。簡単に言うと歴史を作った窯元です↓

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    柿右衛門のココが(も)すごい!(焼き物をよく知らない方は、ぜひ読んでください)

    有田焼は昔、色が青色(呉須)しかありませんでした。その単色の世界に初めて赤の色を生み出したのが初代柿右衛門です。この手法は、日本だけでなく遠く海外まで影響を与えました。それは、磁器の発祥地景徳鎮にさえも。柿右衛門の器はある意味で「和の美、その極み」。また、その「余白取り」は明らかに後世の美術、また日本料理にも深い示唆を与え「器は料理の着物」と言われるようになったのは、まさしく、柿右衛門あってのことでしょう。

     

    と、まぁ、有田に来たら誰もが一度は行ってみたい窯元だと思います。ショップや庭は営業時間であればどなたでも入れるのですが、今回は、特別に中も見せていただくことに。いろいろ衝撃があったのですが、最初の衝撃は、こちらの窯です。

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    え!!!!? 

    ま、薪窯!?(O_O)

    これは私もびっくりしました。
    だって、ほとんどの窯は、電気で「自動制御」できるガスを使っているからです。薪ということは、火加減や時間などは「手動」ってことです。職人さんが経験と知識、それに歴史的に培った技術を駆使して焼き上げなければいけないってことなんです。

    その大変さ、難しさをイメージしてみましょう。
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    薪で「ごはん」を炊く VS 電気ジャーで「ごはん」を炊く

    で、想像してみると、その大変さはお解りになるかと思います。

     薪で「ごはん」 電気で「ごはん」
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    薪は重いし、汚れるし、煙もすすもでるし、火つけも火力調整も大変。 スイッチポン。食べたい時間に炊き上がります。

    「焼き物」と「ごはん」との共通点は、”途中で絶対に蓋を開けてはいけないこと”。そして「焼き物」と「ごはん」大きな違いは、失敗した時のリスクの大きさ。

    ●「ごはん」を炊くのを失敗した場合は、家族に罵倒されるか「ごはん」の代わりに「うどん」でもすする程度でしょう。
    ●「焼き物」を焼くのを失敗した場合は大変です。丹精込めて形成し、何時間もかけて絵付けされた商品達がパーに。その月の売上がなくなります。これは大変なプレッシャーです。ゆえに、昔から窯を焚く人は「窯焼きさん」と呼ばれ、ほかの職人とは一線を画す待遇だったそうです。

    窯焼きは丸2日間以上(約45時間)ぶっつづけで行われます。

    その薪の量もすごい!

    どーん。

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    1年分ではありません。1回分です。約1000束使うそうです。

    さて、今回、ご案内をいただいたのは、酒井田正宏さん。柿右衛門の顧問をされてらっしゃいます。

    ・・・全くの余談ですが、この凛々しいお写真をご本人にお見せした所「いつもはネクタイをしているのですが、この日は休日だったので・・。いや、お恥ずかしい」とのこと。ああ、すみません、そんな謙虚な所もとても魅力的で、つい載せてしまいました。(既婚アラフィフ女子@東京都出身)

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    酒井田さんには、絵付け場所にもご案内していただきました。伺った日は土曜日なので工房はお休みでしたが、逆に、無人の美しく整然となった工房を見ることができました。静謐で凛とした空気に満ちています。

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    柿右衛門窯で職人が一人前になるためには数10年、技術によっては30年以上もかかり、84歳で現役の方もおいでだそうです。歴史の重さとそれを引き継ぐのは大変です。もっと書きたいことがあるのですが、今回はここまで。
    次回も「柿右衛門」について書きます。

    ▶︎柿右衛門窯
    住所:佐賀県西松浦郡有田町南山丁352
    電話番号:0955-43-2267
    営業時間:年中無休 9:00~17:00 (ただし年末・年始は除きます)
    http://kakiemon.co.jp/

     

  • ”夫婦愛”もRevitalization(活性化)?

    ”夫婦愛”もRevitalization(活性化)?

    このプロジェクトのおかげで夫婦の会話が増えたんですよ。

    と、窯元さんたちが言ってくれる。

    そ、そっか!それは、良かった!(*´∇`*)

    ーーーーーー

    有田の窯元のほとんどは家族経営です。

    旦那さまは社長(兼職人)
    奥様は専務(兼職人)

    などの役割を担って、1日中、二人一緒にいます。

    お見受けする限り、ご夫婦の会話はあまり多くない・・気がしました。

    曰く、「言わなくてもわかるから」

    ・・・

    そーかな・・・?

    夫婦とはいえ、自分の考えが100%、相手に伝わるなんてナイと思う。伝わっている/解っていると思っているのは自分だけですよ。きっと。

    ブランディングの最初の難関は、ビジョンの明確化です。

    職人家業の多くは世襲制で、家督は長兄もしくは次の男子、男子がいない場合は養子か婿養子だったりすることも少なくない。老舗度が高いと「跡継ぎ」のプレッシャーも高く、幼少のころから親に「継ぐのはお前」と言われて育ったりして、将来の夢を考える間もなく、気がついたら経営者だったお父さんの席に座ることに。こんなにすてきな仕事なのに、そんなものなのね、などと思いますが、ともかくも、気がついたら、この仕事をしていた人もおられます。

    だから、

    ●やりたいことはなんですか?
    ●どうなりたいんですか?

    という質問で「!?」となることも多い。(もちろんならない方もいますので念のため。)

    でも、ここで踏ん張って考えてもらわねば。

    有田焼の産業がかつての8分の1になっている状況で、生き残りをかけていろいろなモノコトと戦うためには、行き先はココだ!ココを目指すんだ!と決めねばならぬ。

    というわけで、改めて、自分の強みを見つめ直し、夢だとか、将来だとかを思い出してもらうのですが、これは一人では決められない。だって、夫婦だから。

    というわけで、夫婦で会話してもらうわけです💕

    時には、言い合いになりながら、思っていることや、やりたいことを話す。

    数ヶ月後、ふと気がつくと、今までは単語とか目で合図(?)で会話をしていたご夫婦がちゃんとした会話をするようになっていました。

    私の家で開催される寺子屋(ムツカシイことを楽しく勉強しよう!の会)では、夫婦で肩を寄せ合って、「南雲さん、相変わらず、厳しかね・・・」とかコソコソ喋りながら勉強しています。笑

    私の密かな楽しみは、窯元さんの会社から退出するときに、車のバックミラーに映る二人の間の距離がだんだん縮まってくるのを見ること。いつか、二人が手とか繋いで見送ってくれるとうれしいな。

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  • お尻からドンドン出てくる有田焼

    お尻からドンドン出てくる有田焼

    本日のテーマは「トンネル窯」。
    「トンネル窯」の特徴は、24時間365時間、トンネル状の窯を通すことで間断なく有田焼を焼き続けることができること。

    こちらがトンネル窯。写真中央の「茶色の四角い物体」がそれ。今まさに台車に積まれた焼き物たちが入ろうとしているところです。

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    一般的な窯元は以下の写真のような自社専用の「窯」を持っており、これを「単窯」といいます。こちら↓大きい冷蔵庫みたいな姿のものですね。
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    さて、焼き物は丸1日かけて余熱→焼成→冷却などの温度調整をおこなって焼き上げます。この工程は「単窯」でも「トンネル窯」でも同じですが、後者の特徴をもうすこし詳しく説明すると・・・

    「トンネル窯」は、焼き物を積んだ台車を20〜30メートルの「トンネル」の窯の一方から入れて、中を移動する間に余熱→焼成→冷却焼き上げて、反対側出口から送り出します。全工程が連続的に行われ,均質な製品が大量に生産できるほか,燃費や経費の節約など経済性も高い。

    これはトンネルに入る前の焼き物↓

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    下の写真が焼きあがったもの。

    つるつるぴかぴかです。

    彼らの焼き物人生において最も輝いているのは、生まれたてのこの瞬間でしょう。なぜながら1300度もの高温で焼かれるため表面の不純物は全て焼き飛ぶからです。IMG_0064

    かつて有田にはいくつもの「トンネル窯」がありましたが、今は「文山窯」のみとなりました。有田では唯一無二の「トンネル窯」となってしまいました。

    約70年前、「文山窯」の社長は、これから伸びようとする有志を集めて「10個の窯元」を集めて「十社(じゅっしゃ)」という協同組合を組織し、共同で使える「トンネル窯」を導入しました。

    当時は、焼き物が焼き上がると、商人は「軍手」をしてまちかまえ、トンネルのお尻からでてきたアツアツホカホカの焼き物を「俺が売ったるで!」と我先に奪い合うように取り合ったそうです。そんな需要も今はなく、市場規模はかつての8分の1になっています。

    そして、十社は、今は「五社」に。ただし、いまも尚「十社」と呼ばれています。

    モノが溢れる時代の中で有田焼という産業の生き残りをかけて窯元さんたちはいろいろなモノ/コトと戦わなければなりません。

    というわけで、本日も、そんな窯元さんのところに行ってきまーす。