• マイクロツーリズム時代に求められる「広報」の力

    マイクロツーリズム時代に求められる「広報」の力

    Forbes掲載記事。本文は当ブログには書かれていませんので、URLをクリックしてお読みください。

    夏休みに間に合うように書きました!

    が、秋も冬も春も使えます。


    今回のテーマは「広報」です。
    https://forbesjapan.com/articles/detail/36404


    地域に行くと企業からも行政からも、本当によく言われるのが「うちは広報が苦手で、、」という言葉。本質的な広報の話を書くと長くなるのでまずは「(比較的)すぐに使えるもの」を紹介しました。観光産業や地域で奮闘されてる方に少しでもお役にたてれば幸いです。
    https://forbesjapan.com/articles/detail/36404

  • 大きな投資は必要なし。佐賀県発マイクロツーリズムの成功例

    大きな投資は必要なし。佐賀県発マイクロツーリズムの成功例

    Forbes掲載記事より(本文はここには記載しておりませんので、書いてあるURLをクリックしてお読みください)

    みなさん、こんにちは。
    「マイクロツーリズム」の参考になる事例を書きました。
    今、とある大企業とステキな旅企画を一緒に仕掛けようとしてますが、そのベースにあるのは、実は、この事例です。個人でやるには大変かもしれませんが、参考になるかもしれませんので、よかったらご一読ください。


    https://forbesjapan.com/articles/detail/35698/1/1/1

    以下、余談です。


    私が1番おいしいと思うお茶が今回の記事の主人公でもある「うれしの茶」です。
    最初にうれしの茶を飲んだのは有田で鯛皿を作っている窯元夫人が淹れてくれた時。その次が嬉野の「道の駅」の給茶機のお茶。その次が嬉野の山奥で茶葉を栽培している農家さんがいれてくれたお茶。夫人のお茶はもちろんのこと、給茶機のお茶ですら、ハッとするような美味しさなのですから、お茶農家さんが淹れてくれたお茶は、私の概念(生活)を変えるほどのものでした。


    こんなにすごいお茶があることを世の中に伝えなければならぬ、と(勝手に)広報魂を発揮して、リリースを書き、東京のメディアにおくり、いらしたメディアをアポなしで畑にお連れしたこともありましたっけ。


    そんな思い出を脳裏に浮かべながら、お世話になった多くの方達がコロナに加え大雨で大打撃をうけている様子をみて、胸を痛めております。
    雨ニモマケズ コロナニモマケズ。大手を降って旅ができるようになった時に、それぞれのやり方でサバイブして元気なままでいるみなさんと再会できる日がくることを祈っています。

    ●「うれしの茶」はこちらから購入できます。
    https://ureshinochadoki.shop/
    https://en-tea.com/
    ●嬉野にある肥前吉田焼の器はこちらから購入いただけます。
    https://www.yoshidayaki.jp/
    ●有田のおメデタイ鯛はこちらからご購入いただけます。http://www.kajikenseiji.com/

    長い余談を読んでいただきありがとうございます!もう一歩お付き合いいただき、ぜひ、記事のほうもよろしくお願いします(^ ^)
    https://forbesjapan.com/articles/detail/35698/1/1/1

  • 小さな町に観光客がやってきた(上)

    小さな町に観光客がやってきた(上)

    不思議な非日常が魅力

    2019年4月21日佐賀新聞「ろんだん佐賀」寄稿

    観光客を呼びこみたい。それはどの地域でも思うことであり、特に、現在、大挙して来日しているアジア圏からのインバウンドは魅力だし、2020年のオリピックも鑑みれば更に期待感は高まる。

    ただ、どれだけの人が自力でインバウンドを集客できるのだろうか。オリンピックもそうだが、現在増えているインバウンドはアジア圏の著しい経済成長や行政政策の影響によるところが大きく、オリピック後の観光経済は予断できない。アジアの富裕層は日本を飛び越えて旅行するかもしれないし、行政は貴方の商品の質まではあげてはくれない。インバウンドだけに頼らずに自力で集客ができる国内に目をむけ、彼らが一度ないしは二度三度来てもらえる戦略を講じる必要がある。

    地域観光を考える時、目をむけて欲しいのが、よその地域から来た人が何をみて喜んでいるかだ。地域には都市にはないものがある。佐賀県でいえば、磁器工場や茶畑、蓮根畑や酒造メーカの工場や棚田などがあげられる。地元の人にとって日常的な風景でも、よそ者にとっては心底ワクワクする光景なのである。よそ者が非日常だと感じるものの多くは観光拠点になる。

    佐賀県嬉野市に、よそ者がワクワクしたことを商品化したところ、住民以外誰もいなかった地域にメディアが集い、観光客がそぞろ歩きするようになった場所がある。市内から車で15分ほどのところにある吉田地区だ。ここは肥前吉田焼という焼き物の産地で、県内はおろか市内でも知らない人が少なくない場所だった。産地の経済はかつての8分の1という規模で30社あった窯元も8社(組合加盟)という散々たる状況だった。

    この地区にある老舗商社に眠る古い器を「お宝」に見立てて、一カゴ5000円詰め放題で販売する「トレジャーハンティング」(以降、トレハン)を行なった。薄暗くて今にも崩れそうな蔵は異次元に迷い込んだかのような不思議な非日常感。うず高く積まれた器は東京では見たことがないものばかり。お皿が埃まみれであることは一向に構わなかった。むしろ、それが本物感を醸し出しており、作りたくても作れない最高の演出だと思った。「これはイケます!」という言葉をなかなか信じない経営者を説得してサービスを開始。投資はほぼゼロ。地元の窯元有志らが蔵を整理し、東京に住む息子が手作りでWEBSITEを用意。軍手とカゴを買ったくらいだ。

    重視したのは「告知」。顧客に来てもらうためには、商品やサービスが世の中に存在することを伝えないといけない。ここは非常に重要だ。まず地元の飲食店とホテルや旅館の経営者を招待して最初に楽しんでもらい、トレハンのチラシを店に置いてもらった。彼らのお客様に「吉田に面白いものがあるよ」と紹介してもらうためだ。もちろん佐賀県内の全新聞社とテレビに声をかけて取材にも来てもらった。 こうして誰も歩いていない吉田地区にチラホラと観光客が現れるようになった。その中にはインバウンドの姿も。インスタグラマーが投稿したトレハンの写真を見て、はるばる海を越えて、吉田まで来たそうだ。ここから吉田地区の快進撃が始まった。

  • 就活に想う(2):コウホウやりませんか?

    就活に想う(2):コウホウやりませんか?

    「日本」のために働きたいのに「日本(のメーカ)」から拒絶されて凹み、しかし、その後すぐに「グローバル(米国企業の支社長)」から背中を押されて、なんとか立ち直るワタシ。(前編を読んでない方は、こちらをどうぞ)

    ちなみに、アイキャッチの写真は、下田港で海外に向け踏海を企だてる吉田松蔭先生と弟子の金子重輔。

     

    そーだ、そーだ、道がなければ自分で作ればいいんだー!

    早速、拒絶された会社の社長に手紙を書こうとペンをとったものの、その会社を含め、他の日本メーカーでも手紙を書きたい企業はありませんでした。(当時は製造業ばかりを見ていました。)

    そこで、最初からやり直そうとネットで日本企業を調べ始めました。

    すると、そこに見たことがある人がいました。


    © DAIMOND ONLINE

    ・・この人なら手紙を読んでくれそうだ。

    この会社の存在を知ったのは2006年に放映されたテレビのドキュメンタリーです。(プロフェッショナルの第1回目です)

    ©nhk.or.jp

    長野のちいさい会社なのに、世界を、とか、日本の観光を、とか、すげーでかいことを言ってました。自信たっぷりで、緻密でロジカルな論理構成。ゆえに無謀にも思えるビジョンが実現可能に思えました。

    ・・この人に手紙を書こう。

    翌日の講義は全部サボって、その会社の本社がある軽井沢に行くことにしました。このチビカーで。

    目的は、テレビで放映されていたことはホントーかと確かめるために、です。

    ただし、フツーに行っても相手にされないのはわかっているので、シナリオを作りました。

    折り入って相談がある。

    実は、私は、今度、外国からお客様をお迎えするしなければならない。そのお客様は会ったことはないのだが、どうも、車椅子に乗っているらしい。

    そのお客様にご満足いただけるご滞在がいただけるかとどうかを確認したく、直接、参った次第である。

    これにスタッフのみなさんはどう応えるか。

    ・

    ・

    ・・すげー迷惑なヤツです。

    ホントすみません・・・m(__)m

    しかも、この質問を30人にしようときめました。そのくらいのデータがなければ「私が」納得しないから。

    まずはフロントに。
    その次は、レストランに。
    次は駐車場に。
    更には、道を挟んだところにある系列ホテルにもいきました。

    結論からいえば、テレビで語られていたことは本当でした。

    フロントで先ほどのシナリオを演じてみたところ、スタッフの女性は、「前例はないのですが・・・」と、しばらく考えた後、にっこりと笑って言いました。

    南雲様、この度は、私どもの施設を大切なお客様をおもてなしする場所の候補に選んでくださってありがとうございます。

    しかしながら、私どもでは、南雲様のお客様がご満足されるかどうかが、わかりかねます。

    今、お部屋はチェックアウトしたばかりで片付いていません。それでよければ、ご案内いたしますので、ぜひ、南雲様ご自身の目でご確認いただけませんでしょうか。

    部屋までは他のスタッフも付いてきて、ここは、私たちが車椅子を持ち上げますとか、ここが一番フロントに近い部屋なので、なにかあればすぐにお手伝いに参りますとか、とか、とか、とか、とか、とか、とか、とか。

    この人たち、自分の頭で考えている!!

    もう、それで充分でした。

    しかし、しつこい私は、決めた通りに30人に質問を投げかけ、更に、軽井沢から車で2時間ところにある系列ホテルにいって、同じ質問を30人に投げかけました。

    あああ、ホントに迷惑なヤツ。
    ホントすみません。>_<

    家に着いたのは夜中でしたが、そのまま、手紙を書きあげました。

    そして、翌日は、人事に電話。
    社長のセミナーに参加したいので予定を教えて欲しいと。

    参加する意図は、セミナーそのものではなく、社長本人に手紙を渡すためでした。

    そして、セミナー当日。

    セミナーは、ろくすっぽ聞かずに、終了後、会場を出た社長を走って追いかけ「私を雇って下さい。」と手紙を渡しました。
    すると、

    僕の会社に入りたいと言ってくれて、ありがとうございます。

    と深々と頭を下げてくれたのです。見ず知らずのヘンテコな女に!

    その後、いくつかのやりとりがあった後に言われたのが

    コウホウをやりませんか?

    ・
    ・

    コウホウ・・。

    ・
    ・

    コウホウってナンダっけ。

    ・

    ・

    私がやりたいことは別のことだけど、ま、いいや。入ってしまえば、こっちのもんだ。←ココロの声

    はい!やります!コウホウやります!

    ・

    ・

    そんな訳で、まだ在学中でしたが、いきなり、フルスロットルで働き始めるようになった訳でございます。

    ちなみに、フルスロットルすぎて、卒論を落としました。まだ、さほど、その会社の認知がなかった12年前のこと。当時はまだ社員は200人とかの時代でした。今は3000人位いらっしゃるかと思います。

    ・
    ・

    その後、「広報とはなんぞや」を「広報のレジェンド」にしごか・・鍛えられ、なんとか、八年間、存分に働くことができました。

    あー・・オモロくていい会社だった!
    ってか、私の審美眼ってサイコーだな!

    ・

    ・

    以上が、自分勝手であり、自己中心的な就活物語でした。(前編はこちら)

    前職のみなさん、その節は大変ご迷惑をおかけしました。

    迷惑をおかけしましたが、少しは社会(会社にも少し)にお返しできたこともあるよね、と、思っているので許してください。

    しかし、SFC4年生の時、あの「拒絶」がなければ、今の私にはなっていないでしょう。もし、女性役員さんが曖昧な返事をしたら、理事長からのアドバイスもなかったし、もっと傷は深かったでしょう。

    世の中は、実に、うまくできている、、ってことですね! ♪( ´▽`) 

    就活に悩む方がいたら、参考にしていただけき、元気をだしていただければ幸いです。

    ただし、この方法を私が入った会社でやったら「あいつの真似すんな!」もしくは「迷惑です!」と言われ、落とされると思いますので、入社したい方は正攻法でいくか、もっとクリエイティブな方法で挑んでみて下さると良いかと思います。

    Go for it in your own style!

    おまけ:この時のことを社長に何度話しをしても、毎回、「へー!すごいね、ナグモさん!」と言ってくれます。つまり、全く覚えていないということです。ʅ(◞‿◟)ʃ

  • 市場の価値観ってなんだろう?

    市場の価値観ってなんだろう?

    なにか新しいことをやる時はトテモドキドキするものです。それが伝統を重んじる土地で、しかも、人様のビジネスである場合は特にドキドキ感は一層ハイパーになるのです。

    先日、始めた「えくぼとほくろ」という企画がそうでした。でも、最終的に「やろう」と思えたのは「市場の価値観ってどうなの?」と思ったことにありました。


    「えくぼとほくろ」とは:

    モノつくりにおいては、必ず「規格外品」が生まれます。全ての業界を知っている訳ではありませんが、磁器は比較的、多いのではないかと思われます。

    市場には、色々な観点で「価値基準」が設けられており、それを満たしてないものは「規格外品」として扱われ「市場に向けた流通」に乗ることが出来ません。

    肥前吉田焼という佐賀県嬉野市にある焼き物の産地では、その規格外品を愛情を込めて「えくぼとほくろ」と名付けました。「えくぼ」とは釉薬(上薬)のムラ、「ほくろ」とは絵の具や鉄粉などによる「黒点」のこと。他の規格外品もふくめ、それらを窯元6社で堂々と売りましょう!というプロジェクトです。

    ちなみに「えくぼ」はコレ。

    ん?

    なに?

    どこが問題なの?

    わかりませんよね。

    では、アップで、どうぞ!

    虫眼鏡がいります。

    では、こちらはどうでしょう。

    「ほくろ」

    ・

    ・

    ・

    わかりました?

    思わず、指でゴシゴシして、ホコリではないことを確認してしまうほどの小さなもの。もはや、間違い探しの域です。


    「えくぼとほくろ」をやりたいと言ったのは”自称”吉田のヨカ男。彼は肥前吉田焼という佐賀県でも知る人が少ない焼き物の産地にいるトテモ売れっ子の若手窯元です。「えくぼとほくろ」の名付け親でもあります。

    実際、彼は見た目も中身も「ヨカ男」です。彼との出会いは今から2年前。

    私は、予定されていた任期が1年ほど早まった時、たまたま眼の前にいた彼に「実は、今月でこの仕事終わりなんです」と雑談混じりに話をしました。すると、彼は、ソッコーで「じゃ、僕が雇います!」私も私で「はい、お願いします!」とソッコーで答えた記憶がおぼろげにあります。

    閑話休題。

    言いたかったのは、ヨカ男は、漢だ、ということです。

    ともかくも、そのヨカ男が「やりたい、やりたい」と言っていたのが「えくぼとほくろ」でした。でも、私はゼーンゼンやりたくなかった。なので3ヶ月くらい放置していました。

    やりたくない理由は2つ。

    1)B品を世に出すこと。
    2)安売りをすること。

    この2つをすると、ブランドを毀損してしまう、と思ったからです。ですが、ヨカ男の一言で、私の思考が回り始めました。

    それはお国関係のお偉いさん達を案内している時のこと。ヨカ男はいいました。

    僕たちは、環境破壊をしています。

    ハ?ナニ ヲ イッテオルノダ?→私の心の声。

    焼き物は、地球を穴だらけにして石や土を掘り出して粘土にし、それを大量の二酸化炭素を排出しながら焼いてつくります。僕ら、窯元は、地球環境を破壊している責任を全うするために、作った商品をなんとかして「世間の皆様に使ってもらえるモノ」にする義務があると思っています。

    なんと・・・

    ・
    ・

    私の脳みそをグルグルと回転させた、別シーンでの、セリフがもう一つ。

    商品が完璧にできたかどうかは、窯から出してみるまでは、わからないんです。職人さんは「ぺっぴんさん」をイメージして最後の最後まで手を抜かず、丁寧に作業をしています。

    でも、窯をあけてみたら「えくぼ」があった・・ということがあるのです。

    「窯元にとって自分が手がけたモノは自分の子供なんです。本当の子供だったら、えくぼがあってもカワイイじゃないですか。ぼくらも同じなんですよ。えくぼとほくろがあっても、かわいい子供なんです」「でも、それらは、検品ではじかれてしまうのです」

    この話を後ろのほうで聞いていた私は思いました。

    ・・・オモロイ。

    ほとんどの人は、焼き物が10以上の工程を手間ひまかけて作られていることを知りません。

    ほとんどの人は、職人さんが息を詰めながら、一つ一つとても丁寧に商品を作っている場面を見たことがありません。

    これを見せる。

    どんなに丁寧につくっているかを、見てもらうのです。

    窯元ってすごい!焼き物って面白い!に注力するのです。売れる売れないは、それがよければツイテくるハズだと。

    その後で、「えくぼとほくろ」がある商品を見たら、もう以前のアナタではいられない。焼き物が特別なものに見えてくるはずだと思いました。私がそうだったから。

    とはいえ、価格に関しては、定価でいくか/割引価格にするか迷いました。最終的には、各窯元さんに任せましたが、全体ルールとしては、割引価格はアリにしました。

    割引価格(定価の半額程度)にしたのは、人は、キズがナイ商品とキズがアル商品を見比べた時、同じ価格なら、キズのナイ商品を選ぶからです。日本人は、積まれた本の一番上にある本は買わず、下の方から買うんです。一度でも読めば表紙はキズつくのにね。服とか生鮮食品とかもそう。

    「キズがあるから安い」というロジックはつまらない。

    「えくぼとほくろ」がある商品は、流通にのせない分「経費」はかかりません。だから、安くできるのです。と言い切る。えくぼとほくろが「悪い(粗悪品)」から「安い」のではナイのです。

    話はここから2ヶ月前に遡ります。

    肥前吉田焼は、ブランドとかコンセプトがまだなかったので、窯元全員でブレストをしたことがありました。会議室でマジメ・ブレストをし、

    窯元さんの家で美味しい食事+酒を楽しみながら、膝を付き合わせてフリーダムな感じでもやりました。

    で、、完成したのは「暮らしにちょっとワクワクを」というコンセプト。これ、いいでしょ?知っている人は知っていると思いますが、吉田の雰囲気にぴったりなんです。

    あえて「肥前吉田焼」いう産地の名前も「焼き物」も「器」も入れない。段々畑があり、ここにしかない風情が残っている。この産地には、焼き物だけではない魅力があります。


    「ワクワク感のある産地」にを目指すのならアリだ。

    で、極めつけのひとこと。

    んー、でもですよ?この産地には、まだ壊れたら困るほどのブランドは出来てないですからねぇ。

    笑

    こうして、ようやく私の重い腰が動いたわけです。

    結果、多くのメディアに注目され、今では、この産地に人が訪れるようになりました。

    ●NHKのイケメンアナウンサー自らが取材にきてくれました。利根川さん、ありがとー!

    ●サガテレビの人気番組「わらしべ長者の旅」では2週間連続で吉田地区がレポートという快挙。メガモッツサイコー!

    ●佐賀のほぼ全ての新聞各社はどこも大きく取り上げてくれてました!見てください。このタイトル「愛の格安」って。解っていただけて嬉しいです(*⁰▿⁰*)。ある窯元さんは記事を額にいれて飾っていますよ。

    このメディア効果もあり、今は、毎日、人が訪れるようになりました。職人さんの手仕事を目を丸くして眺め、えくぼとほくろの商品を手にとって

    「え?こんな小さい点がダメなの!?」「あんなに丁寧に仕事をしていても、”えくぼ”ってできちゃうんだね」

    などと言ってくださり、誰も値切らずに、つけた価格のまま、嬉しそうにご購入されています。ちなみ陶器市では、悲しくなるような値切られ方をされる時もあります。

    「アナタ」の価値観に響いてくれた!だから、付けた価格を評価(納得)して買ってくれた。

    ぜひ、あなたの価値観で見てもらえると嬉しいです。「えくぼとほくろ」の詳細についてはこちらをご覧ください。吉田焼のブランディングは始まったばかりですが、期待大です。

    最後に、もう一つ重要なことを記しておきます。もともと「規格外品」は窯元さんにとってコストな(お金がかかる)存在でしかありませんでした。丹精込めて作った焼き物には社会で役に立って欲しいという想いに反して、売るに売れず、投げ売りをするか、産業廃棄物としてお金を払って捨てるしかない。それが、今は窯元の利益になっているのです。これを長年考えていたのが”自称”吉田のヨカ男こと、224 Pocelainの辻諭さんです

    私は市場原理が全てだと思ってます。ですが、市場(市場ってダレ?)決めた『価値基準』は果たしてどうなんだろう、と自分の固定概念を一度崩して、自らに問い正す良い機会でした。ありがとね、吉田のヨカ男さん(^^)

  • へっぽこPR時代(後編2:最終回)

    へっぽこPR時代(後編2:最終回)

    (前回からの続き)自主性を尊重してくれる会社に、経験も知識もない若(幼)い時に入社してしまったため、おごった人間になってる。このままではヤバイかも私・・。

    ・

    ・

    ・

    よし、16年お世話になった会社に最後のワガママを言おう。


    Dear my marketing manager,

    ハロー。社員を『整理』したいという噂を聞きました。ぜひ、その1名に私を選んでください。ただ、16年も働いたし、ソコソコ貢献したかと思いますので、大学の入学金 + 4年間分の学費 + 1人分×4年間の生活費が含まれた退職金+週休4日と不在時の仕事をこなしてもらうスタッフ2名をいただければと思います。代わりに、辞めるまでの数ヶ月間で、最高のパフォーマンスを出すことを約束します。

    Best regards,
    Tomomi


    ありがたいことに、全てが認められ、働きながら受験勉強(+約束した成果をだすこと)をすることができ、大学に合格。退職3日前が合格発表でした。大学では、元をとるつもりでゼミを4つ掛け持ちし、心底お勉強を堪能しました。

    大学4年の夏。行きたい会社が見つからず、最後の最後で「ここだ!ここしかない!」という会社を発見。その会社は、日本の観光を牽引するリゾート運営会社でした。どうしても入社したかったので、その会社の「一番偉い人」に直談判したところ「じゃ、広報をやりませんか?」。それがなにかを知らないまま「はい、やります!なんでもやります。」と、入社し、広報をやることになりました。

    余談ですが、この辺りのエピソードは、今の就職のあり方について論じたい、そこそこエキサイティングな展開がありますが、ブログ二本分になるので、またの機会に。

    閑話休題。

    ところが、その会社ではスマートに仕事をするはずが、めちゃめちゃ怒られてばかりでした。

    広報が性格に合わないと思っていたことと、怒られることに慣れていないこともあり、毎日、もう辞めたいと家で泣いていました。しかし、夫は「“嫌”だからという理由で辞めたらいけないよ、あとで自分を後悔することになるから。」

    前々職の上司のFJや大学の教授達に「辛い」と相談すると、彼らは申し合わせたように・・

     

    それで、よい。

    以上。

    ・

    へ・・?

    怒られるのが、よいの?

    ・

    ・

    なんだ、そうか。

    怒られていいんだ♪( ´▽`)

    単純すぎる自分で良かった。笑

    色々な失敗をして、色々なひとに怒られ、でも、思いもよらない人に助けられたへっぽこ広報時代でした。

    だれも怒ってくれなかった時代よりも、怒られた時のほうが成長している!褒められて育つタイプになりたかったけど、ヒジョーに残念ながら違いました。

    というのは、その会社に8年勤めて退職したあと、その会社の「一番偉い人」とパブでサシ飲みをした時に、聞いたからです。

    「私は、この会社で褒められたことがなかったです。褒められると伸びるタイプなのになぁ」と、酒の力を借りて、ブーブー文句を言ったことがありました。

    すると、その人は、私の顔を不思議そうにシゲシゲと眺め、

     

    ・・

     

    なに言ってんの?

     

    なんで、褒められてることに気がつかないの?

     

    みんな、南雲さんが褒められていることを知っている。それに気がついていないのは、南雲さんだけだよ。

     

     

    !!!!!

     

    どう反応してよいかわからず、逆ギレしたフリして、もっと、わかりやすく褒めてくれないと、わかんないです!!!と返事。

    怒られたことしかないと思って8年過ごしたなんて、なんか損した気がする!!!と、今度は笑いながら文句をいうフリ。笑

    でも、こんなに嬉しかったことはありませんでした。

     

    ほんとは、在職中に知りたかったケド。笑

     

    ジワジワくる嬉しさに涙がにじみました。(どうか、バレてませんように。)

     

    怒られるというのは、その人(と、その人がやっていること)に関心があり、期待しているからだと思います。怒られたら、申し訳ない、、と思うと気持ちと同時に、怒ってくれたことに感謝、そして、どう挽回するかをすかさず考える。

    いくつかの未知なる世界に飛び込んできた経験を通して分かったのは、最初は「へっぽこ」でも、なんとかなること。真摯に、物事に取り組んでいれば、いざという時は、誰かが助けてくれるのです。

    人に関心を持つことに慣れておらず、人から関心を持たれる事にも慣れていなかった私が飛び込んだ広報ワールドで、ようやく「人」に近づくことができました。

    スペイン700キロを歩いた時に仲良くなったオランダ人のバイカーにいわれたコトバがあります。

    「その力をくれた会社に感謝だね。」

    以前も書きましたが、仕事に資質は必要ないと思います。

    やるか、やらないか。
    できるか、できないかじゃない。
    力がなくても、真摯にやっていれば、誰かが助けてくれる。
    気がついたら「へっぽこ」から成長している。

     

    以上、母校の講義で、生徒から「広報の資質ってなんですか」という質問で、思い出した、私のどーでもいい「へっぽこPR時代」の回想録でした。

     

    おしまい


    おまけ)よくこんな失敗話をぶっちゃけられるね、と言われますが、それには、理由があります。よく窯元さんから「私は南雲さんのように優秀ではないので、できません」と言われて、とても悲しかった。それを言い訳にしないで、と。だから、ぶっちゃけたのです。

    ほらね、大して、優秀じゃないでしょ?
    やるか、やらないか、それだけ。だから、自信をもって仕事を”やって”ください、できるだけ楽しんで!

  • へっぽこPR時代(後編1)

    へっぽこPR時代(後編1)

    いわゆる広報のノウハウ本は読んだことがありません。その代わり、一部のメディアで広報のレジェンドと言われている上司(入社当時)が、鬼のように徹底的に教えてくれました。

    余談:ネタに使っていますが、私はいまでも当時の上司を「広報の神」だと思っています。

    しかし、そんな鬼優秀なコーチがいたにも関わらず、コーチが目を離したスキに「私の広報」の歴史に残る最大の失敗をやってしまったことがあります。あれは、広報になって半年くらいのこと。

    それは、広報としては、決してやってはいけないこと。今、思ってもアホすぎる、思考停止の極みなことでした。

    公開するのも恥ずかしい! ・・が、どうしても知りたい方のために、はい、どうぞ!

    見えない方は、ココロの目で見てください。無理して見ても、なんのたしにもなりませぬ。

    ともかくも、広報としては、もちろん、人としても大変失礼なことを雑誌社の編集さんにやってしまいました。

    やらかしたことに気づいたのは、その雑誌の編集長から電話があってから。

    「あなたは、私たちのことをなんだと思っているんですか!!」

    と、ものすごい剣幕でした。

     

    やばい。

     

    やってしまった。

     

    ってか、何やってんだ!?オレ。

     

    100%・・・いや、150%、いえ・・10000%、私が悪い。

    許してくれる気配は全くありませんでしたが、ひたすらに謝ろうと思い、会社をでて、ビールを買いに行きました。

     

    なぜ、ビールだったのか?

     

    重そうだからです(-_-)

     

     

    ビール一箱を腕に抱え電車にのり、その編集部が入ってるマンションに行きました。「門前払い」を覚悟で。

    ピンポンしたら、なんと、編集長ご本人がドアホンにでてしまいました。

    「どちら様ですか」

    「あの、あの、あの・・・ナグモ・・です。」

    ”帰れ!”と言われるだろうなぁ。今日は会うこともできないかも・・・・と思っていたら、少しの沈黙があったあと、ぼそっと

    「・・どぞ」

    ドアを開けたら、そこには、編集長が立っていました。そして、編集長がみたものは・・

    ハイヒールでビールを抱えて汗をにじませ、申し訳なささ全開の”へっぽこPR”の姿。

    編集長は、しばらくポカンとして、それから「くすっ」と笑ってくれました。

    それで、終わり。お怒りを収めていただきました。

    事務所に通されてから、改めて、謝罪をしたら、もういいよ、僕も言いすぎた、次の企画を一緒に考えようよ、と、オトナな対応。

     

    門前払いになるだろうから、あと1週間はビールをもって通おう、と思っていましたが、幸運にもその労なく、1回で終わりになりました。

    その後も、お会いする度に謝罪し続けましたが「そんなこともあったね!本当に失礼だよね!うそ、うそ、冗談だよ。あはは。」とおっしゃってくれて、前よりも仲良くなることができました。

     

    その編集さんには大変申し訳ないことをしましたが、私にとっては、別の意味でブレイクスルーなことでした。

     

    それは『徹底的』に謝るということ。

     

    最初に就職した会社にい続けたら、私は、きっと、それができなかったはず。

    なぜならば、私は若くして有名外資系企業に就職し、年齢が若いにもかかわらず、自主性を重視してくれる会社であることをいいことに、言いたいことを言いたいように言い放ち、やりたい仕事をやりたいようにさせてもらっていたから。でも、仕事はできていたようで、評価は「A」か「スペシャルA」でした。多分、いや、間違いなく、調子に乗ってたと思います。

    父より高い年収でありながら、なにがいいものかもわからず、値札も見ないで買い物をしたり、暇つぶしに海外旅行にいくなど、おぼろげに、自分の価値観がおかしくなっていると思い始めていました。

    ある日、会議の開始時間をすっかり忘れて、すでに会議が始まっている部屋にそーっと入室したら、部長から、

    「おお、南雲さん!忙しいのに来てくれたんだね。ありがとう!」

    一瞬、嫌味かと耳を疑いました。でも、その人は満面の笑みで私に感謝していました。

    ・・

    あかん。

    このままじゃ、あかん。

    このままの私ではホントーにダメ人間になると思った瞬間でした。

     

    長くなってしまうので、後編は2回に分けることにしました。というわけで、本日はここまで。

     

    おまけ:アイキャッチの写真は、私が詫び状代わりに使っていた「よなよなエール」。これを渡すと怒っていた人の顔が笑顔になる。そんな不思議なビールです。

    おまけ2: 友人の編集者たちに、私が「やっちゃったこと」のあらましを詳しく話したら、やり方に問題はあるが、その雑誌の編集さんにも問題があると力説してくれました。オカシイことをオカシイというのは大切なこと、重要なのは、やり方であり、言い方。ゆえに、人を傷つけるやり方をした私に10000%非があるのです。

     

     

  • へっぽこPR時代(中編)

    へっぽこPR時代(中編)

    諸般の事情で、突如、5月から母校(SFC)の「パブリックリレーションズ戦略」という授業の講師をやってます。

    生徒にしてみれば、いきなり登場した人の言うことは聞き難いもの。信頼感という意味で。

    そこで、「(ちょっとだけなら)この人の話を聞いてもいいかな」という程度でもいいので、なんとか信頼してもらうために、授業開始の10分を使って、生徒全員にPRでもマーケティングでも、なんなら自分の人生のことでも、なんでも質問を書いてください。分かることは答えるし、わからないことは(そっちのほうが多い)答えを知ってそうな人を教えます、と言いました。

    講義の写真。(今の写真がないので三年前の講義風景ですが・・)
     

    質問すらなかったら、マジ、ヤバい・・

    先生として認めてもらってないってことが、白日のもとに曝(さら)される訳だから・・

    と、イチカバチカの施策に、内心ヒヤヒヤしていたら、全員が真剣に質問を書いてくれました。しかも、何個も。ホワイトボートに溢れるくらいの質問が集まりました。

     

    良い質問がずらりと並ぶ中に、

    「広報になるためには、どういった資質が必要/身につけるべきでしょうか」

    というような質問も。

    それを見たときに、前編にかいた、とあるエピソードを思い出したのです。(エピソードはこちら。読まなくても今回の話は理解できますが、読んでいただけると、より、へっぽこぶりがわかります。)


    ここからが、中編の本論です。

    丸一日、自分の時間を、私のためか、私の会社のためか、に費やしてくれた(詳しくはこちら)メディアの偉い方。その夜のバーでの反省会。

    全然関係ない写真。オープンしたばかりのホテルで行われたショーン・レノンのトークイベント。バーっぽい写真がないので、入れてみました。

     

    偉い方に今回のお礼を伝えた後、

    「じつは、私は人見知りなんです。

    だから、広報はもともと向いてないんです。今回のことで、つくづく思いました。

    ホント、向いてない。心底、そう思いました。」

     

    と、うなだれて言いました。

     

    すると、その人は、

    、、、知ってますよ。

    一目見たときから、南雲さんは人見知りだなって思いました。

    でも、僕は全く困ってない。むしろ感謝してます。と。

     

    ・・

     

    へ?

    (・・?)

     

    なんでですか?、と聞いたら、

    南雲さんは人見知りだから、話しを早く終わらそうとするでしょう? (す、すみません!)

    でも、成果も求めてる。

    だから、簡潔な打ち合わせになるように完璧に準備してきてくれてる。

    ぼくらメディアは、朝から晩まで忙しい。しかも、色々な人の話を聞く立場にある。だから、南雲さんのように、要点を簡潔に話してくれるのは助かるんです。

    南雲さん、

    広報できてますよ。

     

    と。

    思わず、その人の顔をマジマジと見つめ、「あの、べつに慰めてくれてなくても、いいんですよ」

    というと、ニコニコしながら、

    そんなことしないですよ。いつもはそんな感じなのに、今回は茫然自失で電話してきた。だから、これは、ただごとじゃない、と思ったんですよ。ただ・・・僕も自分でなにやってんだろと思いましたよ。あははは〜〜・・・・

    ・

    ・

    実は、こうなる前から、広報はもう無理だ。この巡業が終わったら、もう辞めようと思ってました。

    おしゃべりも上手ではないし、ステキなことも全然詳しくない。

    でも、私でもなんとかできるマーケティングのスキルをうまく使えばいいんだ。この方の一言のおかげで、私でもいいんだ、ワタシ流の広報でいいんだと思うことができました。

     

    そのコトバと、着任直後の当時の上司に言われた「PRのノウハウ本だったら、読まなくていい。読んでしまうと、その本を読んだ人と同じレベルの広報になってしまうから」のコトバ。

    この二つのコトバがあったおかげで、私は、とてもステキな会社で、八年間、存分に伸び伸びと広報をすることができました。(時には、天誅(てんちゅう)がくだることもありましたYO)

     

    このエピソードを生徒に話をしました。

     

    思うに、広報に限らず、仕事に資質はあまり関係ないと思います。やりたいか、やりたくないか。やるか、やらないか。

    やりたかったらやりたい、と、言い続けることも重要。

    コトバには力がある。

    いいづけると願いは叶う。

    道がひらけたら、勇気をだして進むだけかなと。

     

    窯元さんなどの職人さんの仕事も同じではないでしょうか。やるかやらないか。それだけ。できるか、できないか、じゃない。

    とはいえ、まだまだ、私のへっぽこぶりは続くのです。

  • へっぽこPR時代(前編)

    へっぽこPR時代(前編)

    母校で「パブリックリレーションズ戦略」の授業の講義をしています。そこで、”仕事の資質”について気づかされたことを思い出したので書いてみました。前編、中編、後編の堂々三本立て。ハンカチを用意して、どうぞ!

    周囲には自然しかないので、勉強しかできないスバラシー環境の母校。


    前の会社に入社して半年すぎた頃、会社の上司(と、その上司)から、ある地域の「認知度を短期間であげてこい」と指令が下りました。そして・・来週からキャラバン(メディア回り)に行け、と。

    なぬ?

     

    広告費ゼロで、

     

    一挙に認知度(と意向度)をあげる!?

     

    ・・

     

    そりゃ、むりです。

     

    だって、その地域のメディアとは全く関係構築ができていない段階、誰も知らない。しかも、社名も知られていない時代でした。そこに、ノコノコと「急いで露出」してください的にPRしに行っても

    「あんた、どこのどなたさん?」

    状態になる。

    とはいえ、上位連中は、それが難しいことを知ってて、指令を出しているのだから、よほどの緊急自体なんだろう。直属上司もいつも以上に鬼な真剣な形相だ。

    ・・・・

    うまくいく訳がない。

    そもそも、この人たちは、私がどんだけ人見知りか知らないのだ。

    そう、実は、私は、ものすごい人見知り。(今はスイッチを入れば、そこそこ社交的な人間になれますが、入れないと、ずっーっと黙っています。)

    広報の時は1週間に1社、頑張って2社のメディアを訪問するのが限界でした。視聴率があがり、購買数が増えるネタはなにか?を考えるとなると、手当たり次第に広報なんてできない。

    コレだ(この人だ)、と思ったところに一球入魂じゃないと。

    だから、ローラー作戦(だったのか?)をやれと言われると、思考停止になっちゃうのです。

    という訳で、途方にくれすぎて、思考停止に。

    ・・

    そのままボーっと半日が過ぎた頃、「ある人」の顔が浮かび、思考停止のまま電話。

     

    その人は、とあるメディアの偉い方。

     

    南雲:あの・・困ったことになってしまい、どうしていいか、わからないので、電話してしまいました

    ・・・

    アホである。

    それでも社会人か?

    なんで、あの状態で電話したのか、わからないけれど、おそらく、それしか思いつかなかったのだろう。なんたって思考停止でしたから。

    しかし、その偉い方は、私のボーバクとした話を聞き、しばらく沈黙した後に、おっしゃいました。

     

    南雲さん、紙とペンを用意してください。

    いいですか?

    これから、あなたが行くべきテレビ局と番組名とプロデューサーの名前を挙げていくから、書いてください。

    言われるままに書いたら、続けて、

    この番組はいずれも視聴率が高い。ですから、露出できたら、御社の認知度は上がります。

     

    おお!

     

    ありがとうございます。では、今から、この方達に電話します!

    と言ったら、

    まだです。

    次は南雲さんの空いてる日教えてください。

    私がアポをとります。

     

     

    な、な、な!?

     

    ・・確かに、私が電話したら断られる可能性もある。

    という訳で、なんと、そのお偉いさんは、自らアポをとってくださいました。

     

    そして、数時間後、アポの時間の連絡が。

    ありがとうございます!このご恩は一生わすれません。では、頑張って、広報に行ってまいります!

    と言ったら、

     

    当日は、私も一緒にいきます。

     

    ・・

     

    そこまでしてもらったら、死んでしまいたくなる位に、申し訳ないので勘弁してください。もうオトナだし、一人でやれますので大丈夫です。ご安心ください。

     

    と、申し訳なさの気持ちだけでお返事したら、

     

    お偉い方曰く、

    南雲さん一人より、私もいたほうが露出できる可能性は高くなります。

     

    ・・なんで?

     

    なんで、そこまで、してくれるんですか?!

     

    °°・(>_<)・°°

     

    自分の情けなさと、ありがたさと、嬉しさと、よく理解のできない展開にアタマは大混乱。涙がにじんで、言葉がでませんでした。

    彼がそこまでしてくれた理由は、次回の中編で。

    おまけ:アイキャッチの写真は北の大地で自社撮影した時の1枚。連日3時起き。しびれます。