• 引き上げる想い(後半)

    引き上げる想い(後半)

    今回は前回の「続き」に加えて、私の「次」について書いてみました。

    ココから前回の続き。(前回の記事はこちらからどうぞ)


    「部外者さんの参加」から生じた「新しい動き」に未来を感じた私。

    これは「部外者」ゆえの客観性だからか?それとも「部外者」さんが優秀だからか?

    ま、どっちでもいいか!甘えてしまえ!(≧∇≦)

    その方とは、嬉野が誇る高級温泉旅館「和多屋別荘」の社長「小原嘉元」さん。

    早速、「えくぼとほくろ」の外部モニターチェックも依頼。すぐに自社の広報、フロントマンを伴って来てくれました。

    行政にも絡んで欲しかったので、役所の観光担当にも声かけてもらい、アート大好きバリバリ行政ウーマンにも来てもらい、万全なサポーター体制を完備!

    ・看板がないからわかりにくい。
    ・このゴチャゴチャ感がいいので片付けないように。
    ・笑顔がない。
    ・挨拶がない。

    客商売ならではのご意見に加えて言われたのは・・

    この置き方では『えくぼとほくろ』のコンセプトが伝わらない。B品をA品のように「美しく」売ったほうがいいのでは?

    ・
    ・

    そうしたいのは、山々ですが、労力的にも資金的にも美しく仕立てるリソースがないんですよ・・

    と、泣き言をいってみたら、

    僕らが手伝います!と、翌週の土日に細マッチョな茶農家さんが入れ替わり立ち替わりの手弁当で、わっせわっせとディ・アイ・ワイ。

    ↓どうしたらお金をかけずに魅力的にできるか議論しているの図。

    ↓工事をしてくれている茶農家さんたち(両端のお二人)。一見華奢ですが、脱ぐとすごいらしいです。

    ↓そして、総工費3万円で完成!

    ステキなのができたーー。( ´▽`)

    と、ご満悦な私の横で、茶農家さんと窯元さんは焼き物をみながら

    「こんな茶器があったんですか!これいいですね!二十個買いたいです。」とか

    「こんな形は作れますか」とか

    「お茶はですね・・」と仕事話をしておるではないですか。

    ご近所同士で需要と供給!

    プリミティブ・エクスチェンジ!

    これだけではありませんでした。

    窯元工房のツアーをチェックしてもらってる時、

    焼き物って、こうやって作るんですね!知らなかった!

    良い意味でこの古さとごちゃごちゃ感がサイコーにワクワクします!

     

    と、モニターにこられた皆さま全員が目をキラキラさせておる!

    ・
    ・

    うふふ。(^ ^)

    ご近所さんなのに「異業種」だから、知らないんだ・・・

    焼き物を作る工程って、メッチャ面白いですよね。これって旅館に泊まられたお客様にも喜んでもらえて顧客満足になると思うのです。

    うんうんと、深く頷く皆さんに、

    「では、送客よろしくお願いします。」とパンフをすかさず渡す。

    よし、これで相互送客はオッケー。嬉野の誰かが集客したら、そのお客様を次の人に送客する。そーすると、マーケティングコストなどの営業コストはかからず集客できる。

    しかも、お互いに行き来すれば、おのずと魅力も理解し語れるようになって、みんなが嬉野の広報になれる!

    こうして「えくぼとほくろ」は多くの佐賀メディアにご紹介いただたこともあり、吉田の街に人が歩くようになりました。

    やったー!

    ・
    ・

    その三週間後に、いくつかの<お願いごと>を残して私の最後の佐賀のお仕事は終了しました。

    先日、吉田で会議があると言うので東京からスカイプで参加しました。すると、画面の向こうでは、お願いした通り、ホワイトボードに議題をかいて会議が進行してるではないですか。

    フライヤはステキじゃないと置いてもらえないから、お金かけてもカッコいいのを作ったほうがいいよね。その金額だったら、やっちゃう?メディア担当はだれやる?とドンドンとアイデア創出と決断が鮮やかにくだり、こんな素敵な企画が完成!

    イェーイ!

    PHOTO:YOSHIMOTO KOHARA
    DESIGN:DAISHI OWATARI

    素晴らしいー!
    VIVA!チーム吉田焼!

    活発な議論を見て、涙が出そうに嬉しかったです。

    そして・・

    私の仕事は終わったな、と思いました。

    チームになれば、ヨソモン抜きでここまで出来るし、ご近所にいる「部外者」さんもいる。

    最後の最後に頼りになる大きなチームができて良かった。

    ・
    ・

    先日(と言っても数ヶ月前ですが)前職の会社でプレゼンをした時、その会社で二番目に偉い人に「いいじゃん!南雲さん、どうしちゃったの?」と(多分)褒めてくれました。すると隣にいた一番偉い人が言いました。

    「南雲さんはさ、佐賀の皆さんに鍛えてもらったんだよね」と。

    本当にそうだと思います。

    ハゲができたり激やせしたこともありますが、それもふくめ、どれも私の成長の栄養になったとマジで思っています。

    この仕事を紹介してくれたアノ人、最後は仲違いしてしまったアノ人、いつもごはんをごちそうしてくれたアノ人、「貴女は貴女のままでいい」と励ましてくれたアノ人。すぐにカッカする私を母のように諭してくれた同志の大我さやか嬢。

    彼の地にいる、アノ人の顔が次々と浮かびます。

    そして、家族を省みず日本を飛び回っていた私を東京で暖かく見守ってくれた夫と母。

    本当にありがとうございました。

    さて・・

    私はこの春から母校である慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスで講師(非常勤)として「パブリックリレーション戦略」という講義を受け持つことになりました。更にもう一つ、宿のプロデュース業をしていて知り合った方からお声掛けをいただき首都大学東京でも「景観論」という授業の講師(非常勤)として受け持ちます。

    この数年間で学んだことや課題を二つの大学に通う生徒と一緒にブレイクスルーして、新しい知見を生み出す。そして、再び、社会に貢献していきたいと思います。

    私の2018年のもう一つのテーマは、DIVE into SCIENCE。

    こうして、自由に生きられる社会と環境、そして成長できるチャンスをいただけていることに深く感謝しています。ありがとうございます。


    未知の世界に飛び込むのはいつもトテツモナイ勇気がいります。でも、向こうから、私を呼ぶ声が聞こえるなら、いつだって何歳だって、飛び込んで行く勇気を持っていたい。

    自分の使命に突き進み、人生を生き尽くそうと思います。

    これから始まる新しい世界。下田の同志も聞いているこの曲で「ドライヴ」かけますか。

  • 引き上げる想い(前半)

    引き上げる想い(前半)

    4年間、佐賀県で夫を放置プレイで仕事をしておりましたが、今月末をもちまして一旦引き上げることにいたしました。

    せっかくなので、へっぽこプロデューサーが、たどり着いた顛末を二回に分けて記しておきたいと思います。いつもながらの長文なので、手短に言ってしまうと・・・

    • 1社ではなく、近くにいる同業者も一緒に。→ これが2年間でわかったこと。(今回は割愛)
    • 1つの産業だけでなく、近くにいる他産業も一緒に。→これが4年間でわかったこと。

    いずれにしても、幸せの青い鳥は隣にいた、って感じです。


    私は佐賀県嬉野市にある「吉田皿屋」という風光明媚な丘の上にある肥前吉田焼という産地の活性化の仕事をヨソモノ3人+窯元さん6社のチームで2年間ほどしております。

    個人的にまぁまぁヘビーなことがあった、ある日のこと。

    とぼとぼと歩いていたら、「やぁ、南雲さん、お元気ですか?」と声をかけてくれたのが和多屋別荘の社長の小原さん。

    思わず「色々、うまくいかないんです。」と言い、高級温泉旅館の玄関の真ん前で体感的には2時間くらい話したでしょうか。

    最後まで話を聞いた小原さんはこういいました。

    ・

    ・

    例えば、私が会議の場にいたのなら、こう言うでしょうね。

    「南雲さんの言うことは正しい。」

    もしくは、

    「南雲さんの言ってることは間違ってる。」

    もしくは、

    「南雲さんの言い方は悪い。が、言ってることは正しい。」

    と。

    ・
    ・
    ・

    直感的に、この人を会議にいれたら、客観的な意見をいってくれるのではないかと思い「あの、お願いがあります。次の会議に参加してもらえませんか、そして、思ったことを発言してください。」

    そう言いました。

    で、善は急げと小原さんが参加してもおかしくない「自社の魅力を伝えよう」的なセミナーを企画したのございます。

    そのセミナーには『愛する佐賀のためならなんでもやるゼ』と豪語してしている無料でホームページを作れる「ペライチ」の社長である山下さんをはるばる東京から呼び込みました。

    ここから、ホームページの話に飛びます。

    企業にとってホームページは「家の表札」のようなものです。ホームページがないことによる機会ロスは「あなたに見えていないだけ」で「必ず」あります。

    と言っても「今、直ちに困っている訳ではない」という理由でなかなか導入には至らない、というのも理解しています。つまり「きっかけ」が必要なんです。

    今回の場合、それがありました。

    それは「えくぼとほくろ」プロジェクト!詳しくはこちら。

    プロジェクトの運営上、参加窯元は日々変わる自社の営業情報を告知しないとなりません。とはいえ、ホームページの導入にはお金も労力もかかる。だから、誰でも簡単に作れる無料のホームページサービスはうってつけだったのです。

    忙しい「社長」を特別講師として「わざわざ」東京から呼ぶという特別感は「参加するなら今しかない感」もでるし「ありがたさ」もある。なにより「ホンモノの説得力」は最強です。

    さすが、シャチョーです。

    しかし、会場の空気感としては「ほのぼのとした納得感」に包まれている感じがして、よし、やろう!というまでにあと一歩足りませんでした。

    すると小原さんが口を開きました。

     

    これ(ペライチ)はすばらしいですね。

     

    やらない手はありません。

     

    僕らは、やりたい。やります。

     

    どうしたらいいですか?

     

    と。すると、一挙に「やろう、やろう」という雰囲気に変わりました。

    その流れにのり、一カ月後に「三時間で作れるホームページ」と銘打ったワークショップを実施。窯元さんだけではなく嬉野の商店街、旅館、お茶農家さんもマゼマゼして開催しました。

    参加者は、全然一人でできる方、wifiってなんですか、クロームってなんですか?な感じの様々な皆さま。しかし、さすがのペライチ。3時間後にはほぼ全員が「おお!?なんか出来たかも!!」な感じに至ることができました。

    ごちゃ混ぜの異業種に声をかけたのは、もう一つの目論見があったから。

    それは、この機会を通じて、コミニティを形成して欲しかったことです。この話は次回詳しく書きますが、ともかくも、ワークショップ終了後のわちゃわちゃしてる時にラインの交換会が始まりました。

    「ラインって自分にもメッセージ送れるんだねー」とか、セミナーより盛り上がっていました。

    まだまだな感じのものもありましたが、でも、いいのです!!ないよりは10000倍、1億万倍マシです。『自社の存在』を1億2000万人の日本人、65億人の地球人の目に触れさせる空間に身をおいたのだから。

    こうして、窯元全社がホームページを備えたのです。

    これってすごくないですか?

    WIFIってなんですか?な方もいたのに、ほぼ自力で頑張りました。

    頑張っているのは一人ではないこと、お互いに励ましてあっていたからだと思います。ほぼ、というのは、ある窯元さんが難儀している窯元さんをさり気なく手伝っているのを知っているからです。

    後半に続く・・

  • 市場の価値観ってなんだろう?

    市場の価値観ってなんだろう?

    なにか新しいことをやる時はトテモドキドキするものです。それが伝統を重んじる土地で、しかも、人様のビジネスである場合は特にドキドキ感は一層ハイパーになるのです。

    先日、始めた「えくぼとほくろ」という企画がそうでした。でも、最終的に「やろう」と思えたのは「市場の価値観ってどうなの?」と思ったことにありました。


    「えくぼとほくろ」とは:

    モノつくりにおいては、必ず「規格外品」が生まれます。全ての業界を知っている訳ではありませんが、磁器は比較的、多いのではないかと思われます。

    市場には、色々な観点で「価値基準」が設けられており、それを満たしてないものは「規格外品」として扱われ「市場に向けた流通」に乗ることが出来ません。

    肥前吉田焼という佐賀県嬉野市にある焼き物の産地では、その規格外品を愛情を込めて「えくぼとほくろ」と名付けました。「えくぼ」とは釉薬(上薬)のムラ、「ほくろ」とは絵の具や鉄粉などによる「黒点」のこと。他の規格外品もふくめ、それらを窯元6社で堂々と売りましょう!というプロジェクトです。

    ちなみに「えくぼ」はコレ。

    ん?

    なに?

    どこが問題なの?

    わかりませんよね。

    では、アップで、どうぞ!

    虫眼鏡がいります。

    では、こちらはどうでしょう。

    「ほくろ」

    ・

    ・

    ・

    わかりました?

    思わず、指でゴシゴシして、ホコリではないことを確認してしまうほどの小さなもの。もはや、間違い探しの域です。


    「えくぼとほくろ」をやりたいと言ったのは”自称”吉田のヨカ男。彼は肥前吉田焼という佐賀県でも知る人が少ない焼き物の産地にいるトテモ売れっ子の若手窯元です。「えくぼとほくろ」の名付け親でもあります。

    実際、彼は見た目も中身も「ヨカ男」です。彼との出会いは今から2年前。

    私は、予定されていた任期が1年ほど早まった時、たまたま眼の前にいた彼に「実は、今月でこの仕事終わりなんです」と雑談混じりに話をしました。すると、彼は、ソッコーで「じゃ、僕が雇います!」私も私で「はい、お願いします!」とソッコーで答えた記憶がおぼろげにあります。

    閑話休題。

    言いたかったのは、ヨカ男は、漢だ、ということです。

    ともかくも、そのヨカ男が「やりたい、やりたい」と言っていたのが「えくぼとほくろ」でした。でも、私はゼーンゼンやりたくなかった。なので3ヶ月くらい放置していました。

    やりたくない理由は2つ。

    1)B品を世に出すこと。
    2)安売りをすること。

    この2つをすると、ブランドを毀損してしまう、と思ったからです。ですが、ヨカ男の一言で、私の思考が回り始めました。

    それはお国関係のお偉いさん達を案内している時のこと。ヨカ男はいいました。

    僕たちは、環境破壊をしています。

    ハ?ナニ ヲ イッテオルノダ?→私の心の声。

    焼き物は、地球を穴だらけにして石や土を掘り出して粘土にし、それを大量の二酸化炭素を排出しながら焼いてつくります。僕ら、窯元は、地球環境を破壊している責任を全うするために、作った商品をなんとかして「世間の皆様に使ってもらえるモノ」にする義務があると思っています。

    なんと・・・

    ・
    ・

    私の脳みそをグルグルと回転させた、別シーンでの、セリフがもう一つ。

    商品が完璧にできたかどうかは、窯から出してみるまでは、わからないんです。職人さんは「ぺっぴんさん」をイメージして最後の最後まで手を抜かず、丁寧に作業をしています。

    でも、窯をあけてみたら「えくぼ」があった・・ということがあるのです。

    「窯元にとって自分が手がけたモノは自分の子供なんです。本当の子供だったら、えくぼがあってもカワイイじゃないですか。ぼくらも同じなんですよ。えくぼとほくろがあっても、かわいい子供なんです」「でも、それらは、検品ではじかれてしまうのです」

    この話を後ろのほうで聞いていた私は思いました。

    ・・・オモロイ。

    ほとんどの人は、焼き物が10以上の工程を手間ひまかけて作られていることを知りません。

    ほとんどの人は、職人さんが息を詰めながら、一つ一つとても丁寧に商品を作っている場面を見たことがありません。

    これを見せる。

    どんなに丁寧につくっているかを、見てもらうのです。

    窯元ってすごい!焼き物って面白い!に注力するのです。売れる売れないは、それがよければツイテくるハズだと。

    その後で、「えくぼとほくろ」がある商品を見たら、もう以前のアナタではいられない。焼き物が特別なものに見えてくるはずだと思いました。私がそうだったから。

    とはいえ、価格に関しては、定価でいくか/割引価格にするか迷いました。最終的には、各窯元さんに任せましたが、全体ルールとしては、割引価格はアリにしました。

    割引価格(定価の半額程度)にしたのは、人は、キズがナイ商品とキズがアル商品を見比べた時、同じ価格なら、キズのナイ商品を選ぶからです。日本人は、積まれた本の一番上にある本は買わず、下の方から買うんです。一度でも読めば表紙はキズつくのにね。服とか生鮮食品とかもそう。

    「キズがあるから安い」というロジックはつまらない。

    「えくぼとほくろ」がある商品は、流通にのせない分「経費」はかかりません。だから、安くできるのです。と言い切る。えくぼとほくろが「悪い(粗悪品)」から「安い」のではナイのです。

    話はここから2ヶ月前に遡ります。

    肥前吉田焼は、ブランドとかコンセプトがまだなかったので、窯元全員でブレストをしたことがありました。会議室でマジメ・ブレストをし、

    窯元さんの家で美味しい食事+酒を楽しみながら、膝を付き合わせてフリーダムな感じでもやりました。

    で、、完成したのは「暮らしにちょっとワクワクを」というコンセプト。これ、いいでしょ?知っている人は知っていると思いますが、吉田の雰囲気にぴったりなんです。

    あえて「肥前吉田焼」いう産地の名前も「焼き物」も「器」も入れない。段々畑があり、ここにしかない風情が残っている。この産地には、焼き物だけではない魅力があります。


    「ワクワク感のある産地」にを目指すのならアリだ。

    で、極めつけのひとこと。

    んー、でもですよ?この産地には、まだ壊れたら困るほどのブランドは出来てないですからねぇ。

    笑

    こうして、ようやく私の重い腰が動いたわけです。

    結果、多くのメディアに注目され、今では、この産地に人が訪れるようになりました。

    ●NHKのイケメンアナウンサー自らが取材にきてくれました。利根川さん、ありがとー!

    ●サガテレビの人気番組「わらしべ長者の旅」では2週間連続で吉田地区がレポートという快挙。メガモッツサイコー!

    ●佐賀のほぼ全ての新聞各社はどこも大きく取り上げてくれてました!見てください。このタイトル「愛の格安」って。解っていただけて嬉しいです(*⁰▿⁰*)。ある窯元さんは記事を額にいれて飾っていますよ。

    このメディア効果もあり、今は、毎日、人が訪れるようになりました。職人さんの手仕事を目を丸くして眺め、えくぼとほくろの商品を手にとって

    「え?こんな小さい点がダメなの!?」「あんなに丁寧に仕事をしていても、”えくぼ”ってできちゃうんだね」

    などと言ってくださり、誰も値切らずに、つけた価格のまま、嬉しそうにご購入されています。ちなみ陶器市では、悲しくなるような値切られ方をされる時もあります。

    「アナタ」の価値観に響いてくれた!だから、付けた価格を評価(納得)して買ってくれた。

    ぜひ、あなたの価値観で見てもらえると嬉しいです。「えくぼとほくろ」の詳細についてはこちらをご覧ください。吉田焼のブランディングは始まったばかりですが、期待大です。

    最後に、もう一つ重要なことを記しておきます。もともと「規格外品」は窯元さんにとってコストな(お金がかかる)存在でしかありませんでした。丹精込めて作った焼き物には社会で役に立って欲しいという想いに反して、売るに売れず、投げ売りをするか、産業廃棄物としてお金を払って捨てるしかない。それが、今は窯元の利益になっているのです。これを長年考えていたのが”自称”吉田のヨカ男こと、224 Pocelainの辻諭さんです

    私は市場原理が全てだと思ってます。ですが、市場(市場ってダレ?)決めた『価値基準』は果たしてどうなんだろう、と自分の固定概念を一度崩して、自らに問い正す良い機会でした。ありがとね、吉田のヨカ男さん(^^)

  • 2017年にやったオモロイ仕事

    2017年にやったオモロイ仕事

    皆さん、こんにちは。

    ブログを書くのを、とある理由で躊躇するようになり、半年ほど放置しておりましたが、確定申告をしていて、

    ・・

    あら?

    昨年(2017年)は、(やりたくてもやれないような)オモロイ仕事ばっかだった、ではないか!?

    ということに気がつきました。そこで出会ったのは、いまだかつて会ったことがないような「オモロい人」。これを私だけのものにしておくのはもったいないと思い、ブログを復活することにしました。

    本文に入る前になんですが、次回のネタは

    「2017年に出会った変態さんワン・ツー・スリー(仮称)」

    です。

    今回はどーでもいい自分のことばかりで、多分つまらないです。ごめんなさい。
    読み終わっても怒らない方だけ、先を続けてお目通しくださいませ。m(__)m

     

    さて、今回のネタは「2017年にいただいた”新しい”オモロイ仕事」です。

    こんな感じ。

    1)宿泊施設の「魅力プロデューサー」

    2)母校(SFC)の「非常勤講師」

    3)某市の産業特区プロジェクト案件の「検討委員」

    4) あちらこちらから依頼された「執筆業」

     

    何が(私にとって)オモロイかということを説明いたしましょう。

     


    1)宿泊施設の「魅力プロデューサー」


    ➡︎「ブラタモリ」的に日本各地の「土」や「歴史」「地形」を論理的に分析ができるから。これを経験と知識と直感でエイヤっと魅力化してコンセプトにします。簡単にいえば、スカスカの土には稲は育たない。では、その土地では、どんなモノが政治や経済の源泉になっていたのか?というのが論点であり、それが、その土地のホンモノの魅力の源泉だ、というのが仮説です。「土」の自論はもはや論文になるえると思っており、いつか、書いてみたいと思うほど、まぁまぁの理論化ができています。

    地域にいって、よく言われるのは「うちには何も魅力がない」というセリフ。でも、人々がそこそこに生活しているのであれば、なにか源泉があるのです(多分)。それを掘り出し、分析し、ヨソモノである旅人が喜ぶ魅力に昇華させる、というのが私の仕事です。

    土が赤ければ鉄分(サビ)が多いということ。サラサラか粘土質かも重要です。

     


    2)母校(SFC)の「非常勤講師」


    ➡︎「教える」ことで、とっちらかった知識は整理でき、学生との議論は新しい知を創造。それらは私をも成長できることなのです。加えて若年層に

    「ねーねー、FACEBOOKってまだ使ってる?」

    「暇な時、なにしてる?」

    「へー、なんでそう思うの?」

    とか、遠慮なく「なんでなんで」攻撃ができて、マーケティングリサーチに。学生のみなさま、うるさくしてごめんなさい。ご協力よろしくお願いします。

    卒業してから10年たって、また通うことになるなんて感慨深いです。


    3)某市の産業特区プロジェクト案件の「検討委員」


    ➡︎地域全体を俯瞰できて(今までは宿とか産地とか、地域の一部でした)スーパー公務員や識者と一緒になって、理論にのっとったダイナミックな行政改革ができる(といいな)。

    この地域全体を活性化させるイメージをもつために高い所に登る。


    4) あちらこちらから依頼された「執筆業」


    ➡︎「書く」ことは技術です。HP時代は、私が書いた文章に、上司から、でっかい×マークをもらったことがあるくらいなので、こんな仕事がくるなんて思ってもみませんでしたが、これはヘタクソなりに、技術を高め、それを評価してもらうという絶好のチャンスだと思っています。

    ところで「声の文化と文字の文化」という名著があります(SFC時代のイバ研の課題図書で出会いました)。その中で著者のオングは

    文字を使い文章を書き推敲することが、思考を格段に深化させ、文章を練ることはすなわり思考を組み立てること。「書く」ということは、意識を内面に向かわせます。話す=声の文化は、相手なくして成立しませんが、書く=文字の文化は、自分との対話であり、内面を取り出す作業です。

    と言っています(上記は要約ですが、読みにくいの”で囲いました)。

    私はモノを書くことを生業にしていませんが、ノートがないと仕事になりません。ノートに書き出すのは思考の整理に他ならないからです。余談ですが<声の文化>はアートだと思っており(オングもそんなことを言ってます)、書くとは別次元で尊重すべきものだと思っています。

    ともかくも「公なもの」を書くということは、市場で自分の技術が評価されるということなので、ヤバイです。アノ記事のことを思うとドキドキハラハラです。

    「声の文化と文字の文化」。面白いので読んでみてください。(高いけど、買う価値ありです)

    声の文化と文字の文化 単行本 – 1991/10/31 ウォルター・J. オング (著),‎ Walter J. Ong (原著),‎ 林 正寛 (翻訳),‎ 糟谷 啓介 (翻訳),‎ & 1 その他

     

    これまた余談ですが「印刷美術館」にいくのもおすすめです。グーテンベルグの技術は人の生活に大きな影響を及ぼしました。ということよりも、活版印刷ってすげー大変だったんだな、と頭が下がる思いになります。


    2018年から始まる新しい仕事もありますが、それは追って、アップします。
    では、次回の記事をお楽しみに。(採用許可くれたら公開になります。)

    <アイキャッチ画像>
    これは、辻与(つじよ)という佐賀県の肥前吉田焼にある老舗窯元さんがつくったナマズです。嬉野にある豊玉姫神社という場所にあります。ここまで大きい磁器を作るのはスゴク大変なことなんですよ。ナマズはとても縁起が良い魚なので新年のブログにつかいました。

  • 胸をはって、子供に言えますか?

    胸をはって、子供に言えますか?

    日本各地の職人さん(含む自営)と仕事をしていて「三大困ること」がコチラ。

    1位:約束を守ってくれない。
    2位:時間にルーズ。
    3位:すぐに「できない」と言う

    以上は、職人さん(含む自営)に限ったコトではないと思います。

    職人さん(含む自営)の中には、学校をでたら、すぐに親の事業を継ぐ方もいます。一般的な企業であれば、先輩や上司が新人に教育的指導をしてくれるものですが、家族経営の規模になると、なかなかそうは行きません。気がつけば、基本的なビジネスルールを知らないまま、一番偉い経営者になってしまった。となると、もはや、誰も何も言えない状況になってしまっている?

    最初は私も・・

    1位:約束を守ってくれない→「約束は守りましょうっ!」
    2位:時間にルーズ!→「次回は、時間通りにきてくださいよ。」
    3位:すぐに「できない」と言う→「まずやってみましょう。意外と簡単ですから。」

    などとクドクドと言ったものです。

    でもですね、ゼーンゼン、聞いてくれないんです。

    で・・どっかーん(怒)と。

    怒るのはすごく疲れます。怒られるのも疲れると思います。これは、エネルギーの無駄使いだ。頭でっかちの私は、アンガーマネージメントの本や行動科学の本を読み始めた訳でございます。

    というわけで、ようやく本題です。

    今回は、「三大困ったこと」の3位の事例について書いてみます。(1位と2位は、そのうちに)


    初めて、その窯元さんに行った時、wifiはおろか、PCもありませんでした。帳簿はすべて手書きだし、メールのやり取りもできない。東京にいるデザイナーさんとは必ず画像のやりとりが発生する。しかたなく、PCとwifi、できたらプリンターを買ってもらえませんか?とお願いしました。

    その窯元さんは、すぐにITの基本3点セット(含むOffice)を買ってくれました。基本設定はご自身でやっていただいたのですが、エクセルで売上管理やパワーポイントで事業計画を作る段になった時に、ああして、こうして、な話になった時。操作に難儀していた奥様が、

    「南雲さん、もうできません!難しいです!」と言い放ちました。

    私のアンサーはこちら↓


    はっきり言います。

    今、息子さんは受験生ですよね?私が今、あなたにやってください、と言ったことは、息子さんがしている勉強よりカンタンなことですよ。息子さんは、間違いなく、これよりも難しいことをやっているはず。でも、あなたは、息子さんに「頑張りなさい、やればできるでしょう」とか言っていますよね?

    あなた自身はどうですか?

    経営を立て直したいと言っていましたよね。
    息子さんは今すごく頑張っている。
    あなたは、努力している、と胸をはって言えますか?

    (言っている自分がコワイ・・(ー ー;))


    この内臓をえぐるような質問を、我ながら、淡々とよく言ったなぁと思います。
    その数週間後。

    その窯元さんのところにきてみたら、奥様はニコニコしながら、私のほうに手を振りながら、いいました。

    南雲さああーーーん、あれ、やってみましたよ!そしたら、本当に南雲さんが言った通り、簡単でしたーー♪

    でしょ、でしょーーー?よかったーーー!

    (ハグ)

    あとで聞いた話ですが、私が放ったいくつかの「むかつくコトバ」の中で、これが一番効いたそうです。でも奥様は「確かに南雲さんのいう通りかもしれない」と思ったそうです。

    で、やってみたら、ホントーに簡単だったと。

    この奥様は、その後は、音を立てるようにメキメキと進化していき、パワポもエクセルも、使いこなし、FACEBOOKはもちろんインスタグラムもほぼ問題なく活用しています。スバラシー!ちなみに、私は、いずれの操作も一切教えていません。やって欲しいだけを言い、あとは奥様が自力で頑張ったのです。

    余談ですが、ある夏の暑い日にその窯元さんのところに行ったら、今までなかったクーラーが部屋についていました。

    あれ?クーラーってありましたっけ?と言ったら、

    私たちは、この暑さは慣れているからいいのだけど、東京育ちでクーラーに慣れている南雲さんには辛いと思い、体調を壊される前にと、慌てて。と奥様(にっこり)。

    え・・・

    私のための、クーラーなんですか?

    ・

    ・

    ・

    泣

    理論上とかではなく、リアルな世界で、マジでぶつかり合うと、ものすごく疲れます。でも、それは、運動をした後のような、とても気持ちがよい疲れであり、きっと、お互いに、自らの血となり肉となっているのではないかと思っています。

    おしまい


    おまけ:アイキャッチの写真は、私がよく怒っていた伊万里の窯元の奥様と行った虎ノ門ヒルズの「ANDAZ HOTEL」のレストラン「Tavern」。洋風なスタイルなのに、和食器が充実しており、その窯元さんの食器も使われています。手前左下のいぶし銀のような”黒いお皿”がそうです。

  • へっぽこPR時代(中編)

    へっぽこPR時代(中編)

    諸般の事情で、突如、5月から母校(SFC)の「パブリックリレーションズ戦略」という授業の講師をやってます。

    生徒にしてみれば、いきなり登場した人の言うことは聞き難いもの。信頼感という意味で。

    そこで、「(ちょっとだけなら)この人の話を聞いてもいいかな」という程度でもいいので、なんとか信頼してもらうために、授業開始の10分を使って、生徒全員にPRでもマーケティングでも、なんなら自分の人生のことでも、なんでも質問を書いてください。分かることは答えるし、わからないことは(そっちのほうが多い)答えを知ってそうな人を教えます、と言いました。

    講義の写真。(今の写真がないので三年前の講義風景ですが・・)
     

    質問すらなかったら、マジ、ヤバい・・

    先生として認めてもらってないってことが、白日のもとに曝(さら)される訳だから・・

    と、イチカバチカの施策に、内心ヒヤヒヤしていたら、全員が真剣に質問を書いてくれました。しかも、何個も。ホワイトボートに溢れるくらいの質問が集まりました。

     

    良い質問がずらりと並ぶ中に、

    「広報になるためには、どういった資質が必要/身につけるべきでしょうか」

    というような質問も。

    それを見たときに、前編にかいた、とあるエピソードを思い出したのです。(エピソードはこちら。読まなくても今回の話は理解できますが、読んでいただけると、より、へっぽこぶりがわかります。)


    ここからが、中編の本論です。

    丸一日、自分の時間を、私のためか、私の会社のためか、に費やしてくれた(詳しくはこちら)メディアの偉い方。その夜のバーでの反省会。

    全然関係ない写真。オープンしたばかりのホテルで行われたショーン・レノンのトークイベント。バーっぽい写真がないので、入れてみました。

     

    偉い方に今回のお礼を伝えた後、

    「じつは、私は人見知りなんです。

    だから、広報はもともと向いてないんです。今回のことで、つくづく思いました。

    ホント、向いてない。心底、そう思いました。」

     

    と、うなだれて言いました。

     

    すると、その人は、

    、、、知ってますよ。

    一目見たときから、南雲さんは人見知りだなって思いました。

    でも、僕は全く困ってない。むしろ感謝してます。と。

     

    ・・

     

    へ?

    (・・?)

     

    なんでですか?、と聞いたら、

    南雲さんは人見知りだから、話しを早く終わらそうとするでしょう? (す、すみません!)

    でも、成果も求めてる。

    だから、簡潔な打ち合わせになるように完璧に準備してきてくれてる。

    ぼくらメディアは、朝から晩まで忙しい。しかも、色々な人の話を聞く立場にある。だから、南雲さんのように、要点を簡潔に話してくれるのは助かるんです。

    南雲さん、

    広報できてますよ。

     

    と。

    思わず、その人の顔をマジマジと見つめ、「あの、べつに慰めてくれてなくても、いいんですよ」

    というと、ニコニコしながら、

    そんなことしないですよ。いつもはそんな感じなのに、今回は茫然自失で電話してきた。だから、これは、ただごとじゃない、と思ったんですよ。ただ・・・僕も自分でなにやってんだろと思いましたよ。あははは〜〜・・・・

    ・

    ・

    実は、こうなる前から、広報はもう無理だ。この巡業が終わったら、もう辞めようと思ってました。

    おしゃべりも上手ではないし、ステキなことも全然詳しくない。

    でも、私でもなんとかできるマーケティングのスキルをうまく使えばいいんだ。この方の一言のおかげで、私でもいいんだ、ワタシ流の広報でいいんだと思うことができました。

     

    そのコトバと、着任直後の当時の上司に言われた「PRのノウハウ本だったら、読まなくていい。読んでしまうと、その本を読んだ人と同じレベルの広報になってしまうから」のコトバ。

    この二つのコトバがあったおかげで、私は、とてもステキな会社で、八年間、存分に伸び伸びと広報をすることができました。(時には、天誅(てんちゅう)がくだることもありましたYO)

     

    このエピソードを生徒に話をしました。

     

    思うに、広報に限らず、仕事に資質はあまり関係ないと思います。やりたいか、やりたくないか。やるか、やらないか。

    やりたかったらやりたい、と、言い続けることも重要。

    コトバには力がある。

    いいづけると願いは叶う。

    道がひらけたら、勇気をだして進むだけかなと。

     

    窯元さんなどの職人さんの仕事も同じではないでしょうか。やるかやらないか。それだけ。できるか、できないか、じゃない。

    とはいえ、まだまだ、私のへっぽこぶりは続くのです。

  • 1年後に「点」と「点」がつながった。

    1年後に「点」と「点」がつながった。

    三年前から経営指導しているある窯元さんが開口一番に、

    窯元さん:南雲さんっ、昨日、テレビで元京セラの稲盛さんが南雲さんと同じこと言ってたんです!

     

    !?(・_・;?

    ・

    ・

    南雲:あの・・稲盛さんは、なにをお話しされてましたか?

     

    窯元さん:たしか・・マーケティングの話だったかと思います。マーケティングは経営に必要なんですね!

    微妙に異なるかもしれませんが、そんな感じのことをおっしゃいました。

    南雲:そ、そ、そうですね。ただ、恐れ多くも稲盛さんも、私でさえも思いつきで言ってる訳ではなくて、割と(割とじゃないけど)経営に必要な原則を言っているんですけどね。

    窯元さん:へえ、そうなんですか!

    南雲:(ん?今いう??)

    窯元さん:なんか聞いたことがある話だな、と思って、よく聞いたら、南雲さんが昔、同じこと言ったと。へえぇ、そうなんだって!!思いました。(にっこり)

    ・
    ・

    更に別な日。
    窯元さん:南雲さん〜!昨日、うちに某国営局の人が取材できたんですけど、その人、南雲さんと同じこと言ってました!

    ・

    ・

    ・

    南雲:なんて言ってたんですか?

    窯元さん:まずは、目標を決めてから計画を立てましょう!って。

    ・
    ・
    ・

    南雲:へ?ってことは・・・今まで、私が言ったことはなんだと思ってたんですか?(^_^;)

    窯元さん:え、いや、あの、そーだと思ってましたよ。(モジモジ)でも、やっぱり、そうなんですね!

    南雲:(爆)

    ある窯元さんが始めた生産計画スキーム

     

    いずれも、言ったのは1年とか半年前なんです。

    あの時は、マーケティングや事業計画の話をしたのですが、どうやったら、わかってもらえるのかなと悩む日々でした。

     

     

    私の教え方に100%問題あったのですが、ともかくも、その窯元さんは、1年前の「点」と「点」がピカーンとつながったのです。脳でいうところの、シナプスが結ばれたと言ったところでしょうか。

    その窯元さんは、今も、見ていて楽しい/頼もしいほどに、ものすごい勢いで進化しています。3年前は、PCはおろか、Wifiもなかったのに。それが今はFACEBOOKはもちろん、インスタもバリバリ使いこなしている。人は、一度ピカーンときたら、あとはすごい勢いで吸収するんだと。だったら、こちらも知っていることはなんでも教えてあげよう!という気持ちになりました。

    伊万里に向かう道

    さて、2017年6月に不意に降ってきた母校SFCの大学講師の仕事。
    生徒さんは、どうしたら、ピカーンときてくれるのか・・。

    続きは次回。

     

  • 10)どうして僕に継いで欲しいって言わないの?

    10)どうして僕に継いで欲しいって言わないの?

    有田の窯元さんの多くは後継者問題に苦慮しています。私が出会った窯元さんはいずれも教育熱心で、子供は慶應、早稲田などの有名私立だったり東大などの国公立大学に行かれています。

    IMG_3571
    廃窯になって久しい窯元の跡地。

    へー!将来が楽しみですね!というと、

    いやぁー「外貨」を稼いでもらいますよ、と。

    ?どういうことですか?(´・_・`)
    曰く、窯焼き(焼き物業のこと)では食っていくのが大変だから、「外」で稼いできてくれたほうがいい、、という意味らしいです。彼が継いだら、この会社ももっと発展すると思うんですけどねぇ、と思ったりします。大人の勝手な言い分ですけど。

    家業を残すために、子供がいない家は、養子縁組をしたり、娘しかいない場合は、婿養子になってもらうそうです。

    P4140132
    老舗の窯元さんには古くから伝わる技や技術がある。

    また、窯焼さんはほとんど離婚しないそうです。(真実は神のみぞ知る、ですが)。なぜならは、家業において、夫婦はそれぞれ役割をもっており、いなくなったら困るからと。

    ((((;゚Д゚)))))))

    日本の伝統工芸を支える職人さんのほとんどは世襲制です。

    伝統工芸系職人の特徴
    陶芸、漆器、和紙、伝統家具、さらには竹細工、刀剣、羽子板、人形、能面、和凧、木彫り細工など、日本に昔から伝わる伝統工芸品を作るのが伝統工芸職人。40代、50代でまだ若手という奥の深い厳しい世界であり、収入も決して多くないが、海外にも誇れる技術ということで評価は高い。伝統工芸職人はもともと主に世襲制だったが、後継者不足が問題になり、広く弟子を受け入れたり、養成学校を設けたりする例が増えてきた。近年はこのようなルートで職人になる例が少なくないが、分野によって細かい状況は異なる。技術を極めるまで修行に耐える力、地道に努力を続けられる根気強さ、伝統を後世に伝える使命感がなければ続けていくことは難しい。(参照:分野別職業ガイド)

    親から「継げ、継げ。お前が継ぐのだ」
    と呪いのように言われて、ここまで来てしまった?

    先日、テレビで、歌舞伎の海老蔵さんがでていました。そこにはお父さんのモノマネをして歌舞伎の真似事?をする可愛らしい2歳の勧玄くんの姿があり、将来は何になる?という質問に「かぶきやくしゃー」と答えていました。

    スクリーンショット 2016-07-02 11.07.58

    出典:https://twitter.com/fujitv/status/726929199919853568

    歌舞伎だから特別ではなくて、有田でも、好調なアノ窯元さんやコノ窯元さんの所にいくと・・・子供さんがキャッキャと遊んでいます。親である窯元さんは自慢気に自分の仕事を見せていたり、実際にろくろを使わせてたりしています。

    ある窯元の息子さん(超有名大学!)の息子さんは「窯元を継ぐことは、仕事の選択肢になっています」とおっしゃいました。続けて「でも、両親は、ぼくに”継いで”くれ、と言わないんです。だから、継いではいけないのかと思っているんです・・」。と。

    彼のお母さんが「なんで継ぎたいの?」と聞いたところ、息子さんは、

    「だって、お父さんもお母さんもすっごく楽しいそうに働いているんだもん!」と。

    ・・・そうだよね。

    親(人)が生き生きと働いていることが、一番わかりやすいメッセージなんだと思います。

    先日、ある窯元さんから言われました。

    この窯元さんは当初「窯焼きは、家業だから継いで当たり前。”やりがい”なんて考えたことがない」とおっしゃっていました。お子さんたちは、工場に入ったことはほとんどなく、今は東京にお住まいのご様子。ここ十数年間、毎日、朝2:00から夜まで働きづめでご苦労をされていましたが、その長いトンネルからようやく抜け出せそうな状況になっています。

    窯元さん:「南雲さんには、いつも怒られてばっかりでした。でもね、この前、初めて思ったんですよ。窯焼きという仕事も悪くないなぁ・・って・・・」

    !

    ・°°・(>_<)・°°・。

    そう思っていただけて、なによりです。

    その窯元さんは何回も泣かしてしまったし、まだまだ課題を残したままに終わってしまったけれど、それでも、最後にそう思ってくれたなら、私がいた成果はあったのかな、、などと思いました。ぜひ、その心境の変化を理由とともにお子さんにも伝えて欲しいです。


    さて、6月30日をもって、今までやってきた仕事(の契約)は終わりました。
    当初は2017年3月末までだったこともあり、いくつか心残りがあり、これで東京に戻るのは忍びないし、情けない・・と凹んでいたのですが、幸いにもその関係筋から思わぬ仕事が舞い込んできました。おかげで予定通り、有田でお仕事ができることになりました。

    数多くの「気づき」や「学び」そして「喜び」を与えてもらった、この仕事。関係者の皆様には、このチャンスをいただけたことに深くお礼を申し上げます。ありがとうございました。

    ハゲができたり、体重が2週間で3キロ痩せるような辛いこともありましたが、辞めたいとは思いませんでした。先が見えない時でも、毎日、一歩ずつでも前に進むと、絶対にゴールすることを知っているから。(スペインを踏破した経験があるから断言します。)

    有田着任の前日までいたスペイン(スペイン横断800キロ46デイズ)

    7月からは、奮闘記のセカンドステージが始まります。そこもきっと山あり谷あり。そんな毎日の中から発見したモノ/コトを綴っていきたいと思います。

    これからもよろしくお願いいたします。


    <有田奮闘記の総集編>
    1)掃除をさせてください!から始まった仕事(信頼関係の構築)
    2)車を作るように焼き物を作ろう。(生産性)
    3)別名「夫婦ゲンカ」という名の「経営改善会議」(コミュニケーション)
    4)会計士さんを怒鳴ってしまったアノ日(財務会計)
    5)社長、これでは儲かりません。(利益と原価)
    6)ブランドは1日にしてならず。(ブランディング)
    7)『知っている』と『できる』は違う、ってそういう事か!(実行あるのみ)
    8)一人で生きていくのは難しい(コミュニティ形成)
    9)好きなものを作るのはマスターベーション?(コンセプトの重要性)
    10)どうして僕に継いでくれって言わないの?(後継者問題)

  • 9)好きなものを作るのはマスターベーション?

    9)好きなものを作るのはマスターベーション?

    私が関わる諸々の業務の中でもメインオブジェクトであり、ハイライトであるのが新商品開発。すべての窯元さんの新商品を紹介したいのですが、長くなるので、一つだけ紹介します。

    まずは完成品をどうぞ!

    Ceramic Mimic Fabric(セラミック ミミック ファブリック)
    スクリーンショット 2016-06-23 11.12.34

    わ!これは、なに?何でできているの?

    ってよく言われます。

    ぱっと見には、リネンのように見えるからでしょうか。

    極上の亜麻(リネン)に触れたような、心地よい肌触りの有田焼のタンブラーです。

    これは、佐賀県有田の窯元「文山製陶」に伝わる伝統技法の「てびねり」を現代のライフスタイルに合うようにリファインしたもの。有田焼400年の歴史を超えて、生まれ変わった「布のような磁器」という意味の「ceramic mimic fabric(セラミック ミミック ファブリック)」というブランドです。

    スクリーンショット 2016-06-23 11.13.08

    この商品の重さは、同じ大きさの磁器の半分程度。とても軽くて、薄い。
    「たたきしめる」という製法に特徴があり、華奢(きゃしゃ)で繊細なみかけにもよらず、通常の磁器と同等の強度があるんです。

    繊維状のシワが気化熱の効果をもたらして、冷たいものをいれると、いつまでもヒンヤリ感がつづきます。

    これでビールを飲むと、サイコーです!
    ものすごく薄いので、唇にすいつくような感触。いつまでも口につけておきたい心地よさです。

    この商品を作った方は文山製陶の社長中島正敏さん。

    スクリーンショット 2016-06-24 11.22.03

     

    それに、プロダクトデザイナーの磯野さん(左)とグラフィックデザイナーの江副さん(右)。

    二人は、職人さんの気持ちに寄り添いながら、時に厳しく、本質をつきとめ、チームとして商品造成に尽力してくれました。

    スクリーンショット 2016-06-23 11.23.04

    商品開発は、

    ●シャチョーの好きなものってなんですか?
    ●やりたいことってなんですか?
    ●得意なものってなんですか?

    から、始まります。要はブランド・コンセプトを作りたいんです。

    でも、最初の数ヶ月は、うーん???になってしまう。
    作りたいものを作るなんて、マスターベーションにすぎんでしょ、とか言うし・・。苦笑。

     

    ようやく絞り出したものは・・・

     

    売れるものを作りたい!

    ・・

    そりゃそうだ。
    だけど、考え方としては社長や従業員の「作りたいもの」や「得意なもの」の中から「売れるコンセプト」を組み立てて、「売る仕組み」を作りたいなと。だって、手仕事中心な職人さんなんだから得意なものや好きなものをつくったほうが楽しいだろうし、モノを良くしたい、たくさん作りたいなど、魂がこめられる。工業製品をつくっているわけじゃないからなぁと(^_-)。

     

    「コンセプト」の核は、社長の心の中、会社の歴史や過去の商品に隠れている。

    というわけで、それを探るために、飲み会開催。

    しかし、ここは昼間の出来事が夜には町中に広がると言われている小さな街。
    男性である社長と女性である私。ガイヤの余計な詮索はカンベンして欲しい!なので、だれかが有田にきた時に、その人を引き入れるか、もしくは、気兼ねなくお話できる有田の家で家族も呼んでお食事会。

    スクリーンショット 2016-06-23 11.27.14
    これは単なる豪華な食事会ではありません。器(魚がのっているのは違う)は全部窯元さんの器。窯元さんは自分の商品をシゲシゲと観察しながら使うことは少ないとお見受けしています。なので、使って、洗って、拭いて、しまってみようと。こんなことをしました。

     

    そんな会が何回かあった、ある日。
    飲み屋で、シャチョーは「”ニッカ”のハイボール」をオーダーしました。

    銘柄指定なんですね。お好きなんですか?

    と聞いたら、だまって、このポーズ。

    スクリーンショット 2016-06-23 11.19.32

     

    ん・・・あ、ひ、ひげ?・・・・・

    笑

    ちなみに、このシャチョーは、いつもスターウォーズやミッキーマウスのTシャツをきています。出かける時の靴は赤で、アメカジとイタカジのミックス。

    シャチョーのファッションコンセプトはなんですか?と聞いたら、一言。

     

    ギャップかな。(洋服のブランドではない)

     

    ・・・

     

    笑

     

    たしかに、このお顔でスカル(骸骨)のTシャツとか黒のパンツとかだったら、そのマンマです。

     

    ・・・これは面白いものが出てきそうデス。

     

    深層心理を探る一方でやるのは、お宝探し。

    いくつかピックアップした焼き物を机にならべた時に、シャチョーが、ぽつり。

    僕、というか、文山の「もの作り」の原点は、素材の本質に忠実になって、その良さを引き出すことなんだよね。その良さを引き出すためには、加飾はシンプルがいいと思っている。それが売れるかどうかはわからないけど・・と。

     

    !

     

    つ、つまり、すごいうまい玉ねぎがあったとしたら、それを丸ままオーブンで焼いて、極上のオリーブオイルをかけて食べる感じですか!?

    スクリーンショット 2016-06-24 11.01.43.png

    そうだね・・。有田焼の土(石)は、とても素晴らしい素材をつかっていて、、うんぬん・・。

     

    *・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)’・*:.。. .。.:*・゜゚・*

     

    では、それをやりましょうよ!

    社長の真髄、文山の真骨頂があるのはどれだ!?と、デザイナーさんと社長ご夫妻で一緒になって、ああでもない、こうでもないの議論。

    そして、たどり着いたのが、こちら(BEFORE)。

    スクリーンショット 2016-06-23 11.20.07

    これは「てびねり」という文山が40年前に開発した特殊な手法で作られたヒット商品でロングセラー商品です。
    実は、こちらの商品は有田焼400年の歴史に残る100点の一つなんです。
    ちなみに100点の中に、文山さんの商品は、他に2つ(合計で3つ)あります。数多ある窯元さんの中で、歴史に残る商品が3点もある窯元さんはそう多くありません。こうしたことからも文山さんは歴史に革命を残すような技術を各年代で築いてきたことがわかります。ちなみに、こういった素晴らしい業績は、奥ゆかしい窯元さんの口から直接聞くことはなかなかできません。(早く言ってくれたらいいんだけどなぁ)

    スクリーンショット 2016-06-24 10.37.14

    この「てびねり」の本質を追求して完成したのが、Ceramic Mimic Fabric(AFTER)です。

    スクリーンショット 2016-06-23 11.13.21

    チーム一体となってそれぞれの作業を遂行し、ようやく、この愛すべき商品を世の中に紹介できる運びとなりました。

    スクリーンショット 2016-06-23 11.21.48
    当初はWIFIが入っていないかった文山さんの事務所。今は、世田谷、目黒、博多、有田をつないでのスカイプ会議で効率よく議論。ITって素晴らしい!

    ぜひ、新しい岐路にたった文山製陶の窯元さんご夫妻、そして、CERAMIC MIMIC FABRICをどうぞよろしくお願いいたします。

    お願い:個人の方は、もうすぐ完成するオンラインショップをお待ちくださいませ。バイヤーさんはHPの問い合わせからお問い合わせをお願いいたします。個人の方で、今すぐに、どうしても買いたい!という方は2016年7月末までなら私に問い合わせてください。

     

    スクリーンショット 2016-06-23 12.43.56.png


    <有田奮闘記の総集編>
    1)掃除をさせてください!から始まった仕事(信頼関係の構築)
    2)車を作るように焼き物を作ろう。(生産性)
    3)別名「夫婦ゲンカ」という名の「経営改善会議」(コミュニケーション)
    4)会計士さんを怒鳴ってしまったアノ日(財務会計)
    5)社長、これでは儲かりません。(利益と原価)
    6)ブランドは1日にしてならず。(ブランディング)
    7)『知っている』と『できる』は違う、ってそういう事か!(実行あるのみ)
    8)一人で生きていくのは難しい(コミュニティ形成)
    9)好きなものを作るのはマスターベーション?(コンセプトの重要性)
    10)どうして僕に継いでくれって言わないの?(後継者問題)

  • 8)一人で生きていくのは難しい。

    8)一人で生きていくのは難しい。

    これが地方というものなんだ・・・。

    経営者は孤独なものだと思います。でも、特に有田のような伝統と歴史を守ってきた土地は、より孤独感に陥りやすい方も多いのかもしれません。

    OLYMPUS DIGITAL CAMERA
    表通りを一歩入ったところにある「トンバイ塀」通り。昔はここを荷車が藁で包まれた山盛りの有田焼を載せて走っていました。


    有田では月に1〜2回、夜20時から22時まで、時には24時まで「寺子屋」と称し、窯元さんを集めた勉強会をしています。

    窯元さんがPCの前に座る時間はわずか。

    朝から晩まで、あっちにバタバタこっちにバタバタ。メールの返事や経理作業はまとめて夜中に。休みは疲れ切って寝るだけ・・・。家族経営的な企業はほとんど同じでしょうけど。

    だから、私がこれやってきてくださいね。と、言っても、

    ヤッツケ!?ヾ(`Д´*)ノ

    と思うものを持ってきたり。

    当たり前ですが、いろいろな人がいて、歴史が好きな人もいれば、化学に詳しくて、数学が得意な人もいる。苦手な人もいます(私)。

    ある日、原価計算をやらないAさんの所で、仕方ないなぁーと原価計算表をエクセルで作っていました。するとAさんは原価計算のお作法についていろいろご指南してくれました。

    む?こりゃ、私じゃなくて、Aさんが教えるべきでは?と。

    ちなみに「半学半教」という言葉があります。

    “半学半教”とは、教える者と学ぶ者の分を定めず、相互に教え合い学び合う仕組みを言います。慶應義塾では、教員と塾生の別なく、先輩と後輩の別なく、率直に学び合い、自由闊達に意見を述べ合う気風が尊重されています。

    詳しくはこちら。

    スクリーンショット 2016-06-15 21.54.11.png

    この言葉を知ったのは、私が16年勤めたHP社を辞めて大学に行こうと決めつつも、どこに行こうか迷っていた時。当時の上司曰く、

    南雲は、慶應に向いていると思うよ。

    はっ?

    なぜに?(´・_・`)

    すると・・

    慶應大学には「半学半教」という理念があり、HP社での経験は、リアルなIT企業を知らない方にとって、価値ある”経験知識”として、活かせるだろうと。会社を辞めてまで行くのだから、そんな価値がある大学にいってみたら、と。

    突如、ノーザンギョウのガリ勉女に変身して、SFC(湘南藤沢キャンパス)を受験し合格。
    全くもってどーでもいい話ですが、前職の社長曰く、あそこの大学には宇宙人がいっぱいいる・・・そうです。(。-_-。)

    SFCでは、同級生や先生から「ナグモ」と呼び捨てにされつつ、お互い持っているものを出し合いながら学び合いました。ゼミや教室、時には江ノ島海岸で花火なんかしながら、経営の話やこれからの日本の未来とかを語っていました。

    これを有田でやってみよう、と。

    みんなに来て欲しかったので開催は夜。会話のお供にはお茶とお菓子。お互い面識がない人たちだから、畳にちゃぶ台で、膝と肘がつく位の距離感で。でも、やる内容は経営やマーケティングの「硬い話」。

    初回は夜の12時に終了。

    IMG_1424

    今日はオシマイです。と言ったのに、なかなか帰らない、、

    お互いにメアド交換をしてたり、なにやら去りがたい雰囲気。
    2回目の時に「この前は楽しかったですね!」と言い合っているので、聞くと、みんなで、Aさんの工場見学にいったとのこと。んで、そのあとは、女性陣だけで食事会だったそうです。

    、、奥様会! ♪(´ε` )

    また、ある時に、Bさんのところにいったら、社長がどなたかとお電話中。聞こえてきたのは・・

    Aさん(寺子屋メンバーの窯元さん)、■■■は、経費にいれたほうがいいと思うけど、どう思う?僕はさ・・・あああ、なるほどね。そんな考え方もありだよね。うんうん・・。

    !

    窯元さん同士で、相談しあっている。

    ある日の寺子屋では、商標をまだとっていないAさんに向かって全員が「商標は早くとらなきゃ!!」。慌てるAさんをみて、

    私がガミガミ言うより刺さっている(´・_・`)

    また、ある時、なぜか全員、有田にいなかったことがありました。どうしたのかと思ったら、全員(と言っても、夫婦どちらかですが)で、車1台でセミナー参加。その様子はまるで「大人の遠足」(笑)たぶん、お菓子とか車内で食べていますよ・・・。笑

    でも・・・

    この寺子屋をやった理由は、もう一つあります。

    それは、私はやがて有田から去る人だから。

    有田は400年の歴史があり、格式がある技術と伝統を”守って”きました。人によっては問題を一人で抱えてしまい、気が付いたら、あれれ??ということになってしまったようにお見受けしました。だから、相談しあえるコミュニティを残せたらうれしいなぁと。

    先日、ある窯元さんから「この寺子屋のおかげで本音で相談できる人ができました。この年齢で友人ができるなんてうれしいです。」と言われました。( ;  ; )

    IMG_0780 (1)
    有田焼で作られた町内マップ。有田の看板のほとんどは「有田焼」でできています。

    私の任期終了もまじかです。