• 就活に想う(2):コウホウやりませんか?

    就活に想う(2):コウホウやりませんか?

    「日本」のために働きたいのに「日本(のメーカ)」から拒絶されて凹み、しかし、その後すぐに「グローバル(米国企業の支社長)」から背中を押されて、なんとか立ち直るワタシ。(前編を読んでない方は、こちらをどうぞ)

    ちなみに、アイキャッチの写真は、下田港で海外に向け踏海を企だてる吉田松蔭先生と弟子の金子重輔。

     

    そーだ、そーだ、道がなければ自分で作ればいいんだー!

    早速、拒絶された会社の社長に手紙を書こうとペンをとったものの、その会社を含め、他の日本メーカーでも手紙を書きたい企業はありませんでした。(当時は製造業ばかりを見ていました。)

    そこで、最初からやり直そうとネットで日本企業を調べ始めました。

    すると、そこに見たことがある人がいました。


    © DAIMOND ONLINE

    ・・この人なら手紙を読んでくれそうだ。

    この会社の存在を知ったのは2006年に放映されたテレビのドキュメンタリーです。(プロフェッショナルの第1回目です)

    ©nhk.or.jp

    長野のちいさい会社なのに、世界を、とか、日本の観光を、とか、すげーでかいことを言ってました。自信たっぷりで、緻密でロジカルな論理構成。ゆえに無謀にも思えるビジョンが実現可能に思えました。

    ・・この人に手紙を書こう。

    翌日の講義は全部サボって、その会社の本社がある軽井沢に行くことにしました。このチビカーで。

    目的は、テレビで放映されていたことはホントーかと確かめるために、です。

    ただし、フツーに行っても相手にされないのはわかっているので、シナリオを作りました。

    折り入って相談がある。

    実は、私は、今度、外国からお客様をお迎えするしなければならない。そのお客様は会ったことはないのだが、どうも、車椅子に乗っているらしい。

    そのお客様にご満足いただけるご滞在がいただけるかとどうかを確認したく、直接、参った次第である。

    これにスタッフのみなさんはどう応えるか。

    ・

    ・

    ・・すげー迷惑なヤツです。

    ホントすみません・・・m(__)m

    しかも、この質問を30人にしようときめました。そのくらいのデータがなければ「私が」納得しないから。

    まずはフロントに。
    その次は、レストランに。
    次は駐車場に。
    更には、道を挟んだところにある系列ホテルにもいきました。

    結論からいえば、テレビで語られていたことは本当でした。

    フロントで先ほどのシナリオを演じてみたところ、スタッフの女性は、「前例はないのですが・・・」と、しばらく考えた後、にっこりと笑って言いました。

    南雲様、この度は、私どもの施設を大切なお客様をおもてなしする場所の候補に選んでくださってありがとうございます。

    しかしながら、私どもでは、南雲様のお客様がご満足されるかどうかが、わかりかねます。

    今、お部屋はチェックアウトしたばかりで片付いていません。それでよければ、ご案内いたしますので、ぜひ、南雲様ご自身の目でご確認いただけませんでしょうか。

    部屋までは他のスタッフも付いてきて、ここは、私たちが車椅子を持ち上げますとか、ここが一番フロントに近い部屋なので、なにかあればすぐにお手伝いに参りますとか、とか、とか、とか、とか、とか、とか、とか。

    この人たち、自分の頭で考えている!!

    もう、それで充分でした。

    しかし、しつこい私は、決めた通りに30人に質問を投げかけ、更に、軽井沢から車で2時間ところにある系列ホテルにいって、同じ質問を30人に投げかけました。

    あああ、ホントに迷惑なヤツ。
    ホントすみません。>_<

    家に着いたのは夜中でしたが、そのまま、手紙を書きあげました。

    そして、翌日は、人事に電話。
    社長のセミナーに参加したいので予定を教えて欲しいと。

    参加する意図は、セミナーそのものではなく、社長本人に手紙を渡すためでした。

    そして、セミナー当日。

    セミナーは、ろくすっぽ聞かずに、終了後、会場を出た社長を走って追いかけ「私を雇って下さい。」と手紙を渡しました。
    すると、

    僕の会社に入りたいと言ってくれて、ありがとうございます。

    と深々と頭を下げてくれたのです。見ず知らずのヘンテコな女に!

    その後、いくつかのやりとりがあった後に言われたのが

    コウホウをやりませんか?

    ・
    ・

    コウホウ・・。

    ・
    ・

    コウホウってナンダっけ。

    ・

    ・

    私がやりたいことは別のことだけど、ま、いいや。入ってしまえば、こっちのもんだ。←ココロの声

    はい!やります!コウホウやります!

    ・

    ・

    そんな訳で、まだ在学中でしたが、いきなり、フルスロットルで働き始めるようになった訳でございます。

    ちなみに、フルスロットルすぎて、卒論を落としました。まだ、さほど、その会社の認知がなかった12年前のこと。当時はまだ社員は200人とかの時代でした。今は3000人位いらっしゃるかと思います。

    ・
    ・

    その後、「広報とはなんぞや」を「広報のレジェンド」にしごか・・鍛えられ、なんとか、八年間、存分に働くことができました。

    あー・・オモロくていい会社だった!
    ってか、私の審美眼ってサイコーだな!

    ・

    ・

    以上が、自分勝手であり、自己中心的な就活物語でした。(前編はこちら)

    前職のみなさん、その節は大変ご迷惑をおかけしました。

    迷惑をおかけしましたが、少しは社会(会社にも少し)にお返しできたこともあるよね、と、思っているので許してください。

    しかし、SFC4年生の時、あの「拒絶」がなければ、今の私にはなっていないでしょう。もし、女性役員さんが曖昧な返事をしたら、理事長からのアドバイスもなかったし、もっと傷は深かったでしょう。

    世の中は、実に、うまくできている、、ってことですね! ♪( ´▽`) 

    就活に悩む方がいたら、参考にしていただけき、元気をだしていただければ幸いです。

    ただし、この方法を私が入った会社でやったら「あいつの真似すんな!」もしくは「迷惑です!」と言われ、落とされると思いますので、入社したい方は正攻法でいくか、もっとクリエイティブな方法で挑んでみて下さると良いかと思います。

    Go for it in your own style!

    おまけ:この時のことを社長に何度話しをしても、毎回、「へー!すごいね、ナグモさん!」と言ってくれます。つまり、全く覚えていないということです。ʅ(◞‿◟)ʃ

  • 就活に想う(1):あなたを雇う会社はありません。

    就活に想う(1):あなたを雇う会社はありません。

    あの時代が「古い時代」(と言っても10年前)だったのか、私がヘンテコだったのか。ともかくも、色々あった結果、納まる所に納まり、今に至っています。

    二つの大学で講義をするようになり、周りに就活!就活!と騒いでいる学生が一挙に増え、ふと、自分の就活はまぁまぁのサバイバルだったなぁと思い出したので、書いてみる気になりました。恐らく、これは一般的な就活ではないと思います。でも「こんな方法もあるんだな的」なものになれば幸いです。


    SFC4年生の7月、ほとんどの友人は就職が決まっている時期でしたが、私は、まだナンにもしておりませんでした。なにをどうしていいのか分からなかったからです。

    当時、私は36歳の学生。
    HP社に16年勤務した後にSFCに進学したので、新卒で入社するのも違うし、中途かと言われると、それも違う気がするし、どうしようかと悶々としておりました。

    そこで、キャリアのプロに相談してみようと思い、Pで始まるキャリアコンサルト会社に行きました。

    若い男性コンサルタントは、私の経歴をざっくり眺めて、

     

    んーー・・そうですねぇ。

    HP社を辞めたのが失敗でしたね。なんで辞めちゃったんですか?

    ・
    ・
    ・
    ・
    ・

     

    あの・・・なにが失敗なのでしょうか?

     

    HPのような優良企業に居続けたら、良い会社を紹介できるのに、大学に行ってしまっては、キャリアが途中で切れてしまったってことになるじゃないですか。つまり無職という扱いになるのです。

     

    あの、一応、勉強はしていましたが・・・

     

    そうかもしれませんが、一般的には「何もしていない4年間」とみなされるんですよ。なんで辞めちゃんたですか?

    ・

    ・

    なにかテキトーに返答したと思いますが、よく覚えていません。

     

    そっか・・

    一般的には私のキャリアはケチがついたことになるのか・・・・と遠い目になり、しばし思考停止のまま、数週間がすぎました。

    ある日、インターン先の国際医療援助のNGOの理事長(米国企業の元アメリカ支社長だった方)が、C社(超有名な日本企業)に渉外に行くというので、ひょこひょこついていったことがありました。あわよくば、就職について聞いてみようという下心をもって・・・。

    一通り、渉外の話がすんだ時に、「あの、御社に就職するためにはどうしたら良いでしょうか?」と聞いてみました。ちなみに、その時まで私は一言も発していませんが、同行した理事長が私のキャリアを簡単に説明してくださいました。

    相手は人事総務の女性役員さんでした。

    すると・・・

    その方は、しばらく考えてから、非常に申し訳なさそうな顔をして言いました。

     

    ・・・南雲さんのような方を日本のメーカは雇わないと思います。

    !

    !

    こんなことを言って本当にごめんなさい。

    南雲さんはHPのような優良企業で働き、なにか想うことがあって退職され、SFCで力をつけ、そして、就職しようとされている。日本企業は、そんな人が怖いのです。会社の中を荒らされると思うから。だから、できれば、真っ白な人を雇いたいのです・・。

    ・

    ・

    ・

    本当にごめんなさい。(頭をさげる女性役員さん)

     

    日本の企業は遅れていると私も思います。きっと、南雲さんはおやりになりたいことがあるのでしょうね。でも、もし、仮に南雲さんがうちの会社に入っても、それをやれるのは、恐らく退職間際だと思います。それでもいいのですか?

    ・
    ・
    ・

    やっと口に出せた言葉が

     

    それは嫌です・・・・。

     

    あとは何を言ったのか思い出せません。とぼとぼと無言のままC社の正門を出ました。

    駅に向かう途中、NGOの理事長さんが言いました。

    南雲さん、本当にC社に行きたいんですか?

    もし、行きたいなら、●さん(当時、C社の社長で、ほにゃらら団連のトップ)に手紙を書きなさい。南雲さんの気持ちが本当なら、●さんに届くでしょう。もしくは、それなりのところに届き、なんらかの音沙汰があるはずです。逆に、それがないような会社であれば、その会社にいく必要はないと思います。恐らく、あの会社ならきっとお返事いただけると思いますが。

    と。

    あ、そうか!

    確かにそうだ。入る扉がなければ、自分で作ればいいんだー!

     

    と思い、帰ってから、早速、ペンを取りました。

     

    あら?

     

    書くことがない・・・

     

    私は当時日本のメーカーに就職したいと思っていました。ですが、C社だけではなく、T社、N社の社長を思い浮かべても、書くことがなかったのです。

    その時、ようやく、気がつきました。

    私が思い描いたことは蜃気楼みたいなもので、具体的なイメージをともなわないものだと。

    そこで、改めて、私が手紙を書きたい相手は誰だろう・・・・と考えました。

    すると、一人だけ頭に浮かびました。この人に手紙を書いてみたい、書きたいことがある、と思う人が。

    <続きはまた次回。>


    写真はSFC時代に悪友とよく遊びにいった江ノ島の海です。

  • 引き上げる想い(後半)

    引き上げる想い(後半)

    今回は前回の「続き」に加えて、私の「次」について書いてみました。

    ココから前回の続き。(前回の記事はこちらからどうぞ)


    「部外者さんの参加」から生じた「新しい動き」に未来を感じた私。

    これは「部外者」ゆえの客観性だからか?それとも「部外者」さんが優秀だからか?

    ま、どっちでもいいか!甘えてしまえ!(≧∇≦)

    その方とは、嬉野が誇る高級温泉旅館「和多屋別荘」の社長「小原嘉元」さん。

    早速、「えくぼとほくろ」の外部モニターチェックも依頼。すぐに自社の広報、フロントマンを伴って来てくれました。

    行政にも絡んで欲しかったので、役所の観光担当にも声かけてもらい、アート大好きバリバリ行政ウーマンにも来てもらい、万全なサポーター体制を完備!

    ・看板がないからわかりにくい。
    ・このゴチャゴチャ感がいいので片付けないように。
    ・笑顔がない。
    ・挨拶がない。

    客商売ならではのご意見に加えて言われたのは・・

    この置き方では『えくぼとほくろ』のコンセプトが伝わらない。B品をA品のように「美しく」売ったほうがいいのでは?

    ・
    ・

    そうしたいのは、山々ですが、労力的にも資金的にも美しく仕立てるリソースがないんですよ・・

    と、泣き言をいってみたら、

    僕らが手伝います!と、翌週の土日に細マッチョな茶農家さんが入れ替わり立ち替わりの手弁当で、わっせわっせとディ・アイ・ワイ。

    ↓どうしたらお金をかけずに魅力的にできるか議論しているの図。

    ↓工事をしてくれている茶農家さんたち(両端のお二人)。一見華奢ですが、脱ぐとすごいらしいです。

    ↓そして、総工費3万円で完成!

    ステキなのができたーー。( ´▽`)

    と、ご満悦な私の横で、茶農家さんと窯元さんは焼き物をみながら

    「こんな茶器があったんですか!これいいですね!二十個買いたいです。」とか

    「こんな形は作れますか」とか

    「お茶はですね・・」と仕事話をしておるではないですか。

    ご近所同士で需要と供給!

    プリミティブ・エクスチェンジ!

    これだけではありませんでした。

    窯元工房のツアーをチェックしてもらってる時、

    焼き物って、こうやって作るんですね!知らなかった!

    良い意味でこの古さとごちゃごちゃ感がサイコーにワクワクします!

     

    と、モニターにこられた皆さま全員が目をキラキラさせておる!

    ・
    ・

    うふふ。(^ ^)

    ご近所さんなのに「異業種」だから、知らないんだ・・・

    焼き物を作る工程って、メッチャ面白いですよね。これって旅館に泊まられたお客様にも喜んでもらえて顧客満足になると思うのです。

    うんうんと、深く頷く皆さんに、

    「では、送客よろしくお願いします。」とパンフをすかさず渡す。

    よし、これで相互送客はオッケー。嬉野の誰かが集客したら、そのお客様を次の人に送客する。そーすると、マーケティングコストなどの営業コストはかからず集客できる。

    しかも、お互いに行き来すれば、おのずと魅力も理解し語れるようになって、みんなが嬉野の広報になれる!

    こうして「えくぼとほくろ」は多くの佐賀メディアにご紹介いただたこともあり、吉田の街に人が歩くようになりました。

    やったー!

    ・
    ・

    その三週間後に、いくつかの<お願いごと>を残して私の最後の佐賀のお仕事は終了しました。

    先日、吉田で会議があると言うので東京からスカイプで参加しました。すると、画面の向こうでは、お願いした通り、ホワイトボードに議題をかいて会議が進行してるではないですか。

    フライヤはステキじゃないと置いてもらえないから、お金かけてもカッコいいのを作ったほうがいいよね。その金額だったら、やっちゃう?メディア担当はだれやる?とドンドンとアイデア創出と決断が鮮やかにくだり、こんな素敵な企画が完成!

    イェーイ!

    PHOTO:YOSHIMOTO KOHARA
    DESIGN:DAISHI OWATARI

    素晴らしいー!
    VIVA!チーム吉田焼!

    活発な議論を見て、涙が出そうに嬉しかったです。

    そして・・

    私の仕事は終わったな、と思いました。

    チームになれば、ヨソモン抜きでここまで出来るし、ご近所にいる「部外者」さんもいる。

    最後の最後に頼りになる大きなチームができて良かった。

    ・
    ・

    先日(と言っても数ヶ月前ですが)前職の会社でプレゼンをした時、その会社で二番目に偉い人に「いいじゃん!南雲さん、どうしちゃったの?」と(多分)褒めてくれました。すると隣にいた一番偉い人が言いました。

    「南雲さんはさ、佐賀の皆さんに鍛えてもらったんだよね」と。

    本当にそうだと思います。

    ハゲができたり激やせしたこともありますが、それもふくめ、どれも私の成長の栄養になったとマジで思っています。

    この仕事を紹介してくれたアノ人、最後は仲違いしてしまったアノ人、いつもごはんをごちそうしてくれたアノ人、「貴女は貴女のままでいい」と励ましてくれたアノ人。すぐにカッカする私を母のように諭してくれた同志の大我さやか嬢。

    彼の地にいる、アノ人の顔が次々と浮かびます。

    そして、家族を省みず日本を飛び回っていた私を東京で暖かく見守ってくれた夫と母。

    本当にありがとうございました。

    さて・・

    私はこの春から母校である慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスで講師(非常勤)として「パブリックリレーション戦略」という講義を受け持つことになりました。更にもう一つ、宿のプロデュース業をしていて知り合った方からお声掛けをいただき首都大学東京でも「景観論」という授業の講師(非常勤)として受け持ちます。

    この数年間で学んだことや課題を二つの大学に通う生徒と一緒にブレイクスルーして、新しい知見を生み出す。そして、再び、社会に貢献していきたいと思います。

    私の2018年のもう一つのテーマは、DIVE into SCIENCE。

    こうして、自由に生きられる社会と環境、そして成長できるチャンスをいただけていることに深く感謝しています。ありがとうございます。


    未知の世界に飛び込むのはいつもトテツモナイ勇気がいります。でも、向こうから、私を呼ぶ声が聞こえるなら、いつだって何歳だって、飛び込んで行く勇気を持っていたい。

    自分の使命に突き進み、人生を生き尽くそうと思います。

    これから始まる新しい世界。下田の同志も聞いているこの曲で「ドライヴ」かけますか。

  • 市場の価値観ってなんだろう?

    市場の価値観ってなんだろう?

    なにか新しいことをやる時はトテモドキドキするものです。それが伝統を重んじる土地で、しかも、人様のビジネスである場合は特にドキドキ感は一層ハイパーになるのです。

    先日、始めた「えくぼとほくろ」という企画がそうでした。でも、最終的に「やろう」と思えたのは「市場の価値観ってどうなの?」と思ったことにありました。


    「えくぼとほくろ」とは:

    モノつくりにおいては、必ず「規格外品」が生まれます。全ての業界を知っている訳ではありませんが、磁器は比較的、多いのではないかと思われます。

    市場には、色々な観点で「価値基準」が設けられており、それを満たしてないものは「規格外品」として扱われ「市場に向けた流通」に乗ることが出来ません。

    肥前吉田焼という佐賀県嬉野市にある焼き物の産地では、その規格外品を愛情を込めて「えくぼとほくろ」と名付けました。「えくぼ」とは釉薬(上薬)のムラ、「ほくろ」とは絵の具や鉄粉などによる「黒点」のこと。他の規格外品もふくめ、それらを窯元6社で堂々と売りましょう!というプロジェクトです。

    ちなみに「えくぼ」はコレ。

    ん?

    なに?

    どこが問題なの?

    わかりませんよね。

    では、アップで、どうぞ!

    虫眼鏡がいります。

    では、こちらはどうでしょう。

    「ほくろ」

    ・

    ・

    ・

    わかりました?

    思わず、指でゴシゴシして、ホコリではないことを確認してしまうほどの小さなもの。もはや、間違い探しの域です。


    「えくぼとほくろ」をやりたいと言ったのは”自称”吉田のヨカ男。彼は肥前吉田焼という佐賀県でも知る人が少ない焼き物の産地にいるトテモ売れっ子の若手窯元です。「えくぼとほくろ」の名付け親でもあります。

    実際、彼は見た目も中身も「ヨカ男」です。彼との出会いは今から2年前。

    私は、予定されていた任期が1年ほど早まった時、たまたま眼の前にいた彼に「実は、今月でこの仕事終わりなんです」と雑談混じりに話をしました。すると、彼は、ソッコーで「じゃ、僕が雇います!」私も私で「はい、お願いします!」とソッコーで答えた記憶がおぼろげにあります。

    閑話休題。

    言いたかったのは、ヨカ男は、漢だ、ということです。

    ともかくも、そのヨカ男が「やりたい、やりたい」と言っていたのが「えくぼとほくろ」でした。でも、私はゼーンゼンやりたくなかった。なので3ヶ月くらい放置していました。

    やりたくない理由は2つ。

    1)B品を世に出すこと。
    2)安売りをすること。

    この2つをすると、ブランドを毀損してしまう、と思ったからです。ですが、ヨカ男の一言で、私の思考が回り始めました。

    それはお国関係のお偉いさん達を案内している時のこと。ヨカ男はいいました。

    僕たちは、環境破壊をしています。

    ハ?ナニ ヲ イッテオルノダ?→私の心の声。

    焼き物は、地球を穴だらけにして石や土を掘り出して粘土にし、それを大量の二酸化炭素を排出しながら焼いてつくります。僕ら、窯元は、地球環境を破壊している責任を全うするために、作った商品をなんとかして「世間の皆様に使ってもらえるモノ」にする義務があると思っています。

    なんと・・・

    ・
    ・

    私の脳みそをグルグルと回転させた、別シーンでの、セリフがもう一つ。

    商品が完璧にできたかどうかは、窯から出してみるまでは、わからないんです。職人さんは「ぺっぴんさん」をイメージして最後の最後まで手を抜かず、丁寧に作業をしています。

    でも、窯をあけてみたら「えくぼ」があった・・ということがあるのです。

    「窯元にとって自分が手がけたモノは自分の子供なんです。本当の子供だったら、えくぼがあってもカワイイじゃないですか。ぼくらも同じなんですよ。えくぼとほくろがあっても、かわいい子供なんです」「でも、それらは、検品ではじかれてしまうのです」

    この話を後ろのほうで聞いていた私は思いました。

    ・・・オモロイ。

    ほとんどの人は、焼き物が10以上の工程を手間ひまかけて作られていることを知りません。

    ほとんどの人は、職人さんが息を詰めながら、一つ一つとても丁寧に商品を作っている場面を見たことがありません。

    これを見せる。

    どんなに丁寧につくっているかを、見てもらうのです。

    窯元ってすごい!焼き物って面白い!に注力するのです。売れる売れないは、それがよければツイテくるハズだと。

    その後で、「えくぼとほくろ」がある商品を見たら、もう以前のアナタではいられない。焼き物が特別なものに見えてくるはずだと思いました。私がそうだったから。

    とはいえ、価格に関しては、定価でいくか/割引価格にするか迷いました。最終的には、各窯元さんに任せましたが、全体ルールとしては、割引価格はアリにしました。

    割引価格(定価の半額程度)にしたのは、人は、キズがナイ商品とキズがアル商品を見比べた時、同じ価格なら、キズのナイ商品を選ぶからです。日本人は、積まれた本の一番上にある本は買わず、下の方から買うんです。一度でも読めば表紙はキズつくのにね。服とか生鮮食品とかもそう。

    「キズがあるから安い」というロジックはつまらない。

    「えくぼとほくろ」がある商品は、流通にのせない分「経費」はかかりません。だから、安くできるのです。と言い切る。えくぼとほくろが「悪い(粗悪品)」から「安い」のではナイのです。

    話はここから2ヶ月前に遡ります。

    肥前吉田焼は、ブランドとかコンセプトがまだなかったので、窯元全員でブレストをしたことがありました。会議室でマジメ・ブレストをし、

    窯元さんの家で美味しい食事+酒を楽しみながら、膝を付き合わせてフリーダムな感じでもやりました。

    で、、完成したのは「暮らしにちょっとワクワクを」というコンセプト。これ、いいでしょ?知っている人は知っていると思いますが、吉田の雰囲気にぴったりなんです。

    あえて「肥前吉田焼」いう産地の名前も「焼き物」も「器」も入れない。段々畑があり、ここにしかない風情が残っている。この産地には、焼き物だけではない魅力があります。


    「ワクワク感のある産地」にを目指すのならアリだ。

    で、極めつけのひとこと。

    んー、でもですよ?この産地には、まだ壊れたら困るほどのブランドは出来てないですからねぇ。

    笑

    こうして、ようやく私の重い腰が動いたわけです。

    結果、多くのメディアに注目され、今では、この産地に人が訪れるようになりました。

    ●NHKのイケメンアナウンサー自らが取材にきてくれました。利根川さん、ありがとー!

    ●サガテレビの人気番組「わらしべ長者の旅」では2週間連続で吉田地区がレポートという快挙。メガモッツサイコー!

    ●佐賀のほぼ全ての新聞各社はどこも大きく取り上げてくれてました!見てください。このタイトル「愛の格安」って。解っていただけて嬉しいです(*⁰▿⁰*)。ある窯元さんは記事を額にいれて飾っていますよ。

    このメディア効果もあり、今は、毎日、人が訪れるようになりました。職人さんの手仕事を目を丸くして眺め、えくぼとほくろの商品を手にとって

    「え?こんな小さい点がダメなの!?」「あんなに丁寧に仕事をしていても、”えくぼ”ってできちゃうんだね」

    などと言ってくださり、誰も値切らずに、つけた価格のまま、嬉しそうにご購入されています。ちなみ陶器市では、悲しくなるような値切られ方をされる時もあります。

    「アナタ」の価値観に響いてくれた!だから、付けた価格を評価(納得)して買ってくれた。

    ぜひ、あなたの価値観で見てもらえると嬉しいです。「えくぼとほくろ」の詳細についてはこちらをご覧ください。吉田焼のブランディングは始まったばかりですが、期待大です。

    最後に、もう一つ重要なことを記しておきます。もともと「規格外品」は窯元さんにとってコストな(お金がかかる)存在でしかありませんでした。丹精込めて作った焼き物には社会で役に立って欲しいという想いに反して、売るに売れず、投げ売りをするか、産業廃棄物としてお金を払って捨てるしかない。それが、今は窯元の利益になっているのです。これを長年考えていたのが”自称”吉田のヨカ男こと、224 Pocelainの辻諭さんです

    私は市場原理が全てだと思ってます。ですが、市場(市場ってダレ?)決めた『価値基準』は果たしてどうなんだろう、と自分の固定概念を一度崩して、自らに問い正す良い機会でした。ありがとね、吉田のヨカ男さん(^^)

  • ニーズにないものを作るということ

    ニーズにないものを作るということ

    アートと資本原理は相反すると思います。なぜなら、アートはニーズにないからです。

    ・

    ・

    ウスウス気づいていましたけど、やっぱり、そうか・。

    しかし、

    はっきりとそう言われると、ちょっと驚きます。

    資本主義の国、日本で、しかも、アーティストを生業(なりわい)としているご本人の口から出た言葉となるとなかなか感慨深いデス。

    ・・

    これを仰ったのは、大磯で活動している朝比奈さんというアーティスト。2017年に出会った「私にビビっとくる刺激をくれた」方の1人です。この方です。⬇︎

    どんなビビビをくれたのか。

    経営者、アート初心者の方は、こんな考え方もありかも・・と思われるかもしれませんので、ご興味ある方は、ご一読いただけばと思います。

    彼は、横浜国立大学の建築学科を出られた方ですが、今はアーティストとして、活動をされています。

     

    左脳系から右脳系へ転向したってことです。


    私のイメージでいうと・・・

    数学の公式をビシバシ活用して、ピシャーーーッとした線を引ける専門知識があるのに、心のおもむくままなフリーダムな線を描いちゃうことを職業にしたってことですね!多分。

    朝比奈さんの作品

    朝比奈さんの本業は絵を描いたり、子供達にアートの楽しさを教えたりすることですが、バイトもしてると。つまり、アートでは食っていくのは大変なんだろうな、と思って、つい聞いてしまったのが、こちら。

    南雲:アートって資本原理とか市場原理とかは働くんですか?

    失礼な質問にも関わらず、朝比奈さんは、にこやかに即答されました。

    しないでしょうね。
    アートと資本主義は相反するとおもいます。なぜなら、アートはニーズにないからです。

    ・・

    南雲:では、資本主義経済の国においてアートは必要なのでしょうか?

    すると、

    ニーズに応えているだけでは、世の中を先に進めることはできないと思います。アートは世の中を先導する役割があり、「市場の先」にあるものだと考えているからです。僕らアーティストの役割は問題提起をすることです。

    僕個人としては「アート」と「スポーツ」が政治と経済をひっぱっていけるのではないかなぁと思うんですよね。

    ・・なるほど。

    南雲:では、どうやってニーズにないものをクリエイトするのですか?

    すると、

    それは、自分の「内なる声」を「形にする」のです。
    まず、自分の内なる声に耳を傾けるのです。そうして、自分の中にうちでてきたものを形作っていくのですよ。

    ふむ・・・・

    ニーズにないものを作る

    このセリフは星野リゾートの社長もよく口にしていました。

    2015.11.6 現代ビジネス

    ニーズにないものを作る

    論理的な経営戦略を構築することは企業にとってとても重要ですが、それだけでは競争優位となる革新的な商品/サービスを作ることはできません。

    例えば、PCやスマートフォンは、「パソコンが欲しい」「スマホが欲しい」と言うニーズがあって誕生した訳ではありません。革新的(イノベーティブ)な商品には、だいたい論理の飛躍(ジャンプ)があるものです。「星のや軽井沢」にはテレビは置いておらず「テレビがないじゃん!!」とクレーム(つまり『テレビを置け!』というニーズ)がバンバンでているのに置きませんでした。その理由は星野社長のお顔をクリックしてくださればわかります。

    論理の飛躍は美意識とかこだわりなどがもたらすもので、それを感性と呼ぶのであれば、どうやって感性を磨けばよいのでしょうか・・・

    私は、昔も今も、あんまり感性があるほうではありません。それを「マジ・ヤベー」と思ったのはHP社から星野リゾートに移った2007年の春でした(厳密には転職の間にSFCが入ってます)。

    ゼロイチ業界の人から、癒しとか情緒の業界の人になってしまった私は途方にくれて、大学教授に

    どうやったら感性を磨くことができますか?と聞いたことがあります。

    すると、教授はおっしゃいました。

    感性を磨く方法は2つあります。
    (1)食器を全部捨てなさい。
    (2)ルーブル美術館へ行きなさい。1週間でも1年間でもいい。毎日、毎日、毎日、毎日通って、芸術作品を見なさい。(もう少し詳しく説明が必要ですが、割愛します)

    (1)→ Done。詳しくはこちら。
    (2)→ Franceに行く代わりにSpainで700キロ歩いてきました〜。体力は有限なので、有限なうちにやっちまえ!と思ったからです。詳しくはこちら。

    朝比奈さんが言った言葉に戻ると・・

    アーティストは問題提起をする役割がある。

    だとすると、それを見る私たちは、この絵は何が言いたいのかを考える、、という役割(というか、楽しみ)がある。それを積み重ねていくことで感性は磨かれるのではないかと。


    昨年、「アートと愛」についてというテーマで胡散臭い飲み会をした時に、友人Sちゃんが語ったエピソードもなかなか秀逸でした。会話は絵の値段について。

    この前さ、有名作家の作品を目が飛び出る価格で買った人をみて、目利きの某氏が、嫉妬まじりに、

    ・・・・出がらしだよ、デガラシ!。

    って、言ってた。

     

     ((((;゚Д゚)))))))

     

    !

    デ
    ガ
    ラ
    シ

    !

     

    「出がらし」とは「ゆるぎない評価と市場性が確立されてる安心の銘柄」な意かと。買いたくても買えないという嫉妬もあるとは思うけれども

     

    そんなこと言えちゃうなんて、なんか、スゲー!!!(全員)

    ・・・

    一生言えません。そんなセリフ。

     

    しかし、 これは大変勇気がでる文言ではないですか?

     

    私は、かつて、好きなものを好きと言えませんでした。趣味悪いとか、わがままだとか、間違っていたらハズカシーーー、とか、と思っていたからです。

    『アート』に正解はない。だから『好きなものを好き』と言っても良い。

    有名か無名か、人の評価なんて、気にしないでいいんです。(むしろ無名な方が面白いことも。)この気持ちを自分のライフスタイル全般に対しても持てれば、他(の人)と同じにはならない。

    ●誰も評価してない絵でも、気に入ったんなら買えばいい
    ●ダサい服と言われても、好きならそれを着ればいい
    ●好きなら相手が男だっていいし、女だっていい

    もひとつ重要なのは発言すること。

    大学で授業で良い意見をもっているのに発言する勇気がない生徒が結構いました。<ナイものはナイ>と言われている社会ですが、まだまだ問題や課題はたくさんあります。そういった問題を解決するためには、声に出して発言していかないと何も変わらない。

     

    正解のないアートだからこそ「好きなものは好きだ」と言ってしまっていい。どう思うかなどの会話をすることで「発言力」がつき、それを積み重ねることで論理を跳躍する力となる「感性」も磨いていけるのだと考えます。


    なんてことを考えるきっかけをくれたのが朝比奈さんでした。


    今年はこの朝比奈さんと、まぁまぁ面白いことを企(くわだ)てます。

    という訳で、2018年の私は、Dive INTO Artです。

    基本は資本主義な人間なので、それはそのまま(評価=利益という考え方が基本)として、それに加えて、有名、無名に関わらず、沢山のアート作品をみる。好きなものを好きといえる発言力を磨く。そして、ニーズにないものを(も)CREATEしていきたいと思います。

    ⬆︎よかったら南雲さんの家の空間にアートを置いてみませんか?といわれて、貸してくれた絵(真ん中)。質感も、漂うオーラも左右のポスターとは全く違います。毎日、本物のアートと向き合う生活をすることは、アートオンチな私にどんな変化をもたらしてくれるのでしょうか!?

    That is why I am gonna dive into art !

  • へっぽこPR時代(後編2:最終回)

    へっぽこPR時代(後編2:最終回)

    (前回からの続き)自主性を尊重してくれる会社に、経験も知識もない若(幼)い時に入社してしまったため、おごった人間になってる。このままではヤバイかも私・・。

    ・

    ・

    ・

    よし、16年お世話になった会社に最後のワガママを言おう。


    Dear my marketing manager,

    ハロー。社員を『整理』したいという噂を聞きました。ぜひ、その1名に私を選んでください。ただ、16年も働いたし、ソコソコ貢献したかと思いますので、大学の入学金 + 4年間分の学費 + 1人分×4年間の生活費が含まれた退職金+週休4日と不在時の仕事をこなしてもらうスタッフ2名をいただければと思います。代わりに、辞めるまでの数ヶ月間で、最高のパフォーマンスを出すことを約束します。

    Best regards,
    Tomomi


    ありがたいことに、全てが認められ、働きながら受験勉強(+約束した成果をだすこと)をすることができ、大学に合格。退職3日前が合格発表でした。大学では、元をとるつもりでゼミを4つ掛け持ちし、心底お勉強を堪能しました。

    大学4年の夏。行きたい会社が見つからず、最後の最後で「ここだ!ここしかない!」という会社を発見。その会社は、日本の観光を牽引するリゾート運営会社でした。どうしても入社したかったので、その会社の「一番偉い人」に直談判したところ「じゃ、広報をやりませんか?」。それがなにかを知らないまま「はい、やります!なんでもやります。」と、入社し、広報をやることになりました。

    余談ですが、この辺りのエピソードは、今の就職のあり方について論じたい、そこそこエキサイティングな展開がありますが、ブログ二本分になるので、またの機会に。

    閑話休題。

    ところが、その会社ではスマートに仕事をするはずが、めちゃめちゃ怒られてばかりでした。

    広報が性格に合わないと思っていたことと、怒られることに慣れていないこともあり、毎日、もう辞めたいと家で泣いていました。しかし、夫は「“嫌”だからという理由で辞めたらいけないよ、あとで自分を後悔することになるから。」

    前々職の上司のFJや大学の教授達に「辛い」と相談すると、彼らは申し合わせたように・・

     

    それで、よい。

    以上。

    ・

    へ・・?

    怒られるのが、よいの?

    ・

    ・

    なんだ、そうか。

    怒られていいんだ♪( ´▽`)

    単純すぎる自分で良かった。笑

    色々な失敗をして、色々なひとに怒られ、でも、思いもよらない人に助けられたへっぽこ広報時代でした。

    だれも怒ってくれなかった時代よりも、怒られた時のほうが成長している!褒められて育つタイプになりたかったけど、ヒジョーに残念ながら違いました。

    というのは、その会社に8年勤めて退職したあと、その会社の「一番偉い人」とパブでサシ飲みをした時に、聞いたからです。

    「私は、この会社で褒められたことがなかったです。褒められると伸びるタイプなのになぁ」と、酒の力を借りて、ブーブー文句を言ったことがありました。

    すると、その人は、私の顔を不思議そうにシゲシゲと眺め、

     

    ・・

     

    なに言ってんの?

     

    なんで、褒められてることに気がつかないの?

     

    みんな、南雲さんが褒められていることを知っている。それに気がついていないのは、南雲さんだけだよ。

     

     

    !!!!!

     

    どう反応してよいかわからず、逆ギレしたフリして、もっと、わかりやすく褒めてくれないと、わかんないです!!!と返事。

    怒られたことしかないと思って8年過ごしたなんて、なんか損した気がする!!!と、今度は笑いながら文句をいうフリ。笑

    でも、こんなに嬉しかったことはありませんでした。

     

    ほんとは、在職中に知りたかったケド。笑

     

    ジワジワくる嬉しさに涙がにじみました。(どうか、バレてませんように。)

     

    怒られるというのは、その人(と、その人がやっていること)に関心があり、期待しているからだと思います。怒られたら、申し訳ない、、と思うと気持ちと同時に、怒ってくれたことに感謝、そして、どう挽回するかをすかさず考える。

    いくつかの未知なる世界に飛び込んできた経験を通して分かったのは、最初は「へっぽこ」でも、なんとかなること。真摯に、物事に取り組んでいれば、いざという時は、誰かが助けてくれるのです。

    人に関心を持つことに慣れておらず、人から関心を持たれる事にも慣れていなかった私が飛び込んだ広報ワールドで、ようやく「人」に近づくことができました。

    スペイン700キロを歩いた時に仲良くなったオランダ人のバイカーにいわれたコトバがあります。

    「その力をくれた会社に感謝だね。」

    以前も書きましたが、仕事に資質は必要ないと思います。

    やるか、やらないか。
    できるか、できないかじゃない。
    力がなくても、真摯にやっていれば、誰かが助けてくれる。
    気がついたら「へっぽこ」から成長している。

     

    以上、母校の講義で、生徒から「広報の資質ってなんですか」という質問で、思い出した、私のどーでもいい「へっぽこPR時代」の回想録でした。

     

    おしまい


    おまけ)よくこんな失敗話をぶっちゃけられるね、と言われますが、それには、理由があります。よく窯元さんから「私は南雲さんのように優秀ではないので、できません」と言われて、とても悲しかった。それを言い訳にしないで、と。だから、ぶっちゃけたのです。

    ほらね、大して、優秀じゃないでしょ?
    やるか、やらないか、それだけ。だから、自信をもって仕事を”やって”ください、できるだけ楽しんで!

  • へっぽこPR時代(後編1)

    へっぽこPR時代(後編1)

    いわゆる広報のノウハウ本は読んだことがありません。その代わり、一部のメディアで広報のレジェンドと言われている上司(入社当時)が、鬼のように徹底的に教えてくれました。

    余談:ネタに使っていますが、私はいまでも当時の上司を「広報の神」だと思っています。

    しかし、そんな鬼優秀なコーチがいたにも関わらず、コーチが目を離したスキに「私の広報」の歴史に残る最大の失敗をやってしまったことがあります。あれは、広報になって半年くらいのこと。

    それは、広報としては、決してやってはいけないこと。今、思ってもアホすぎる、思考停止の極みなことでした。

    公開するのも恥ずかしい! ・・が、どうしても知りたい方のために、はい、どうぞ!

    見えない方は、ココロの目で見てください。無理して見ても、なんのたしにもなりませぬ。

    ともかくも、広報としては、もちろん、人としても大変失礼なことを雑誌社の編集さんにやってしまいました。

    やらかしたことに気づいたのは、その雑誌の編集長から電話があってから。

    「あなたは、私たちのことをなんだと思っているんですか!!」

    と、ものすごい剣幕でした。

     

    やばい。

     

    やってしまった。

     

    ってか、何やってんだ!?オレ。

     

    100%・・・いや、150%、いえ・・10000%、私が悪い。

    許してくれる気配は全くありませんでしたが、ひたすらに謝ろうと思い、会社をでて、ビールを買いに行きました。

     

    なぜ、ビールだったのか?

     

    重そうだからです(-_-)

     

     

    ビール一箱を腕に抱え電車にのり、その編集部が入ってるマンションに行きました。「門前払い」を覚悟で。

    ピンポンしたら、なんと、編集長ご本人がドアホンにでてしまいました。

    「どちら様ですか」

    「あの、あの、あの・・・ナグモ・・です。」

    ”帰れ!”と言われるだろうなぁ。今日は会うこともできないかも・・・・と思っていたら、少しの沈黙があったあと、ぼそっと

    「・・どぞ」

    ドアを開けたら、そこには、編集長が立っていました。そして、編集長がみたものは・・

    ハイヒールでビールを抱えて汗をにじませ、申し訳なささ全開の”へっぽこPR”の姿。

    編集長は、しばらくポカンとして、それから「くすっ」と笑ってくれました。

    それで、終わり。お怒りを収めていただきました。

    事務所に通されてから、改めて、謝罪をしたら、もういいよ、僕も言いすぎた、次の企画を一緒に考えようよ、と、オトナな対応。

     

    門前払いになるだろうから、あと1週間はビールをもって通おう、と思っていましたが、幸運にもその労なく、1回で終わりになりました。

    その後も、お会いする度に謝罪し続けましたが「そんなこともあったね!本当に失礼だよね!うそ、うそ、冗談だよ。あはは。」とおっしゃってくれて、前よりも仲良くなることができました。

     

    その編集さんには大変申し訳ないことをしましたが、私にとっては、別の意味でブレイクスルーなことでした。

     

    それは『徹底的』に謝るということ。

     

    最初に就職した会社にい続けたら、私は、きっと、それができなかったはず。

    なぜならば、私は若くして有名外資系企業に就職し、年齢が若いにもかかわらず、自主性を重視してくれる会社であることをいいことに、言いたいことを言いたいように言い放ち、やりたい仕事をやりたいようにさせてもらっていたから。でも、仕事はできていたようで、評価は「A」か「スペシャルA」でした。多分、いや、間違いなく、調子に乗ってたと思います。

    父より高い年収でありながら、なにがいいものかもわからず、値札も見ないで買い物をしたり、暇つぶしに海外旅行にいくなど、おぼろげに、自分の価値観がおかしくなっていると思い始めていました。

    ある日、会議の開始時間をすっかり忘れて、すでに会議が始まっている部屋にそーっと入室したら、部長から、

    「おお、南雲さん!忙しいのに来てくれたんだね。ありがとう!」

    一瞬、嫌味かと耳を疑いました。でも、その人は満面の笑みで私に感謝していました。

    ・・

    あかん。

    このままじゃ、あかん。

    このままの私ではホントーにダメ人間になると思った瞬間でした。

     

    長くなってしまうので、後編は2回に分けることにしました。というわけで、本日はここまで。

     

    おまけ:アイキャッチの写真は、私が詫び状代わりに使っていた「よなよなエール」。これを渡すと怒っていた人の顔が笑顔になる。そんな不思議なビールです。

    おまけ2: 友人の編集者たちに、私が「やっちゃったこと」のあらましを詳しく話したら、やり方に問題はあるが、その雑誌の編集さんにも問題があると力説してくれました。オカシイことをオカシイというのは大切なこと、重要なのは、やり方であり、言い方。ゆえに、人を傷つけるやり方をした私に10000%非があるのです。

     

     

  • へっぽこPR時代(前編)

    へっぽこPR時代(前編)

    母校で「パブリックリレーションズ戦略」の授業の講義をしています。そこで、”仕事の資質”について気づかされたことを思い出したので書いてみました。前編、中編、後編の堂々三本立て。ハンカチを用意して、どうぞ!

    周囲には自然しかないので、勉強しかできないスバラシー環境の母校。


    前の会社に入社して半年すぎた頃、会社の上司(と、その上司)から、ある地域の「認知度を短期間であげてこい」と指令が下りました。そして・・来週からキャラバン(メディア回り)に行け、と。

    なぬ?

     

    広告費ゼロで、

     

    一挙に認知度(と意向度)をあげる!?

     

    ・・

     

    そりゃ、むりです。

     

    だって、その地域のメディアとは全く関係構築ができていない段階、誰も知らない。しかも、社名も知られていない時代でした。そこに、ノコノコと「急いで露出」してください的にPRしに行っても

    「あんた、どこのどなたさん?」

    状態になる。

    とはいえ、上位連中は、それが難しいことを知ってて、指令を出しているのだから、よほどの緊急自体なんだろう。直属上司もいつも以上に鬼な真剣な形相だ。

    ・・・・

    うまくいく訳がない。

    そもそも、この人たちは、私がどんだけ人見知りか知らないのだ。

    そう、実は、私は、ものすごい人見知り。(今はスイッチを入れば、そこそこ社交的な人間になれますが、入れないと、ずっーっと黙っています。)

    広報の時は1週間に1社、頑張って2社のメディアを訪問するのが限界でした。視聴率があがり、購買数が増えるネタはなにか?を考えるとなると、手当たり次第に広報なんてできない。

    コレだ(この人だ)、と思ったところに一球入魂じゃないと。

    だから、ローラー作戦(だったのか?)をやれと言われると、思考停止になっちゃうのです。

    という訳で、途方にくれすぎて、思考停止に。

    ・・

    そのままボーっと半日が過ぎた頃、「ある人」の顔が浮かび、思考停止のまま電話。

     

    その人は、とあるメディアの偉い方。

     

    南雲:あの・・困ったことになってしまい、どうしていいか、わからないので、電話してしまいました

    ・・・

    アホである。

    それでも社会人か?

    なんで、あの状態で電話したのか、わからないけれど、おそらく、それしか思いつかなかったのだろう。なんたって思考停止でしたから。

    しかし、その偉い方は、私のボーバクとした話を聞き、しばらく沈黙した後に、おっしゃいました。

     

    南雲さん、紙とペンを用意してください。

    いいですか?

    これから、あなたが行くべきテレビ局と番組名とプロデューサーの名前を挙げていくから、書いてください。

    言われるままに書いたら、続けて、

    この番組はいずれも視聴率が高い。ですから、露出できたら、御社の認知度は上がります。

     

    おお!

     

    ありがとうございます。では、今から、この方達に電話します!

    と言ったら、

    まだです。

    次は南雲さんの空いてる日教えてください。

    私がアポをとります。

     

     

    な、な、な!?

     

    ・・確かに、私が電話したら断られる可能性もある。

    という訳で、なんと、そのお偉いさんは、自らアポをとってくださいました。

     

    そして、数時間後、アポの時間の連絡が。

    ありがとうございます!このご恩は一生わすれません。では、頑張って、広報に行ってまいります!

    と言ったら、

     

    当日は、私も一緒にいきます。

     

    ・・

     

    そこまでしてもらったら、死んでしまいたくなる位に、申し訳ないので勘弁してください。もうオトナだし、一人でやれますので大丈夫です。ご安心ください。

     

    と、申し訳なさの気持ちだけでお返事したら、

     

    お偉い方曰く、

    南雲さん一人より、私もいたほうが露出できる可能性は高くなります。

     

    ・・なんで?

     

    なんで、そこまで、してくれるんですか?!

     

    °°・(>_<)・°°

     

    自分の情けなさと、ありがたさと、嬉しさと、よく理解のできない展開にアタマは大混乱。涙がにじんで、言葉がでませんでした。

    彼がそこまでしてくれた理由は、次回の中編で。

    おまけ:アイキャッチの写真は北の大地で自社撮影した時の1枚。連日3時起き。しびれます。

  • それは、本当に「考えた」か?

    それは、本当に「考えた」か?

    やめちまえ。

    実際は、もう少しだけ丁寧な言葉でしたが、そのお方は、はっきりとおっしゃっいました。

    あれは三年前。プレス発表会が10日後に迫ったある日、その会社の一番偉い人に「今度のプレス発表会は、こうやります。」とお伝えしたら、一言

    ダメ

    は???!!?(・_・;?

    え、なんで?なんですか?

    と聞いたら、

    ダメなものはダメ。
    そのプレス発表会は中止にしてください。

    ??!

    な、なんで、ですか?と聞いても「ダメだから」それだけ言って、ムッツリとおかえりになられました。

    なにがなんだか、わからない。
    もしかして、ホントに、プレス発表会をやめるべきか?いや、いや、そんな訳ないよね、ホントにやめてたらクビになるだろし。もうプレスの人にリリースも送っており、そこそこ出席してくれることはわかっているし。やることは何ヶ月も前から言っているのに・・・

    ああ、いったいなんなんだーー。( ;´Д`)

    全くわかんないよー!
    ・
    ・
    これは、言った本人に聞くしかない。

    アシスタントの所にいき、ここ数日の彼の予定を聞くも、予定はビッチリで隙間時間は全くナッシング。

    うおー、どーすりゃいいんだーとアタマを掻きむしっていたら、アシスタントさんが気の毒に思ってくれたようで「明日は、ホニャララ(地方)で会議なんですが、前後は視察なので、誰とも会う予定はありません」と。

    あん?・・ホニャララに来いということか?
    そうだね、いくしかないね。

    私は翌日のアポを再調整して、誰の了解も得ず、一路、ホニャララへ。

    そして、新幹線の改札口で、スタバのグランデ(彼の好みは知っている)を持って、待ち伏せ。

    その人は、私を見ても、眉ひとつ動かさず、「おぅ!南雲さん、おはよう!」

    てっきり「なにしに来たの?」とか「帰れ!」と言われると思ったのに肩透かし。思わず、

    「ようこそ、ホニャララへ!!」

    「あ、あの、コーヒーをどうぞ」

    、、と自分が何者なのか、よくわからない返事。

    「おぅ、レンタカーはこっちだよ」と私が差し出したスタバのグランデを持って、スタスタ歩く・・その後を私はピョコピョコとついていき、、不思議なドライブが始まった。

    ようやく、聞く勇気がでたのは、帰りの車の中。

    あの、プレス発表会の件ですが、なぜダメなのか、全くわかりません。ヒントをいただけないでしょうか?と、聞いてみた。

    実は、会社の方針が変わり、プレス発表会のやり方も変えないといけない事情がありました。

    すると、その人は、

    南雲さんはさ、考えてないよね。と、のたまいました。

    ?考えてますよ!考えました!

    よりメディアの皆さんに喜んでもらうために「AをBに変えたんです!」(ドヤ顔)。

    あーでこーで、と説明した後に、偉い人曰く、

    ふーん、それって、大して考えてないよね?

    いや、全く考えてないよね。

    もっと考えてよ。

    ・・

    そこからの記憶は、あまりありません。答えがでないまま、その人と餃子食べてビール飲んで、帰りました。

    その晩は、1人ブレスト。

    まずは、「考える」ってなんだろうから、考える。
    余談ですが、なにかを真剣に考える時は、言葉の意味から考えるといいです。言葉ってのは、深い意味があります。いかに”勝手な”思い込みをしていたか、よくわかるものかと思います。

    で、本棚にあった、野矢さんの「はじめて考えるときのように」をものすごいイキオイで再読。

     


    はじめて考えるときのように―「わかる」ための哲学的道案内 (PHP文庫) 文庫 – 2004/8/1
    野矢 茂樹 著


    【要点のまとめ】

    1. 考えるとは:いかに問い、いかに答えの閃き(ひらめき)を待つこと(原文ママ)
    2. 考える技術とは:(要約)
      1)問いを立てる:なぜそれが問題になるのか。
      2)論理の活用:情報の意味を引き出す。
      3)ことばを精錬する:思考を導く”言葉”かどうか。
      4)紙に書く:手や目を使って、ビジュアライズする。
      5)話し合う:人に伝える、様々な意見を聞いて、揉む。

    ここで、もっとも重要なことは「正しく”問い”を立てる」ことです。閃き(ひらめき)を待つとありますが、閃く(ひらめく)まで”やる”ことだと思います。閃かない時は、問い自体が間違っているかもしれません。あと順番も重要。この順でやるのです。先達の言うことは、まるっと、やる。自分の都合のよい所だけやってはいけない。

    ・・

    うん、まぁ、この論理でいけば、わたしの案は「変えた」だけか。

    「問い」は、なんでプレス発表会をするのか。何の為にプレス発表会をするのか、などと紙に書きながら論理たてて争点を洗い出す。ゴールが見えて来た所で、メンバー会議をメールで召集。夜中だけど。

    翌日の朝、会議。

    みんな、すごいいい意見を言ってくれた。あの会議は今思い出しても楽しかった。多分、原点に返ったことがよかったのではないだろうか。

    で、完成した案を、偉い人にチャットで報告、、するつもりがなぜか会社にいたので、直接報告。

    曰く、「いいんじゃない。」

    わー、良かった!ミンナー、いいってさー!

    と、騒いでいたら、ご本人がニヤニヤしながら、

    世の中はさ、トレードオフなんだよ。(ドヤ顔)
    「やめちまえ」と言った瞬間、南雲さんの思考回路は動きだしだろ?(・∀・)ニヤニヤ

    はぁ、そうですね。(^_^;)

    自分は割と「考える」ほうだと思っていたのですが、「考えてない」と言われ、改めて『「考える」を「考える』機会が得られたあの日。あの数日間で得られた知見は一生の宝だと思っています。

    おまけ:アイキャッチの写真は、ほにゃららで有名な名所の一つ。探さないでいいですよ。笑